ののの備忘録

『日月神示』の解読と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。「神一厘の仕組み」と「テンバガー投資法」

五度の岩戸開き 概要

岩戸閉めと岩戸開き

 「日月神示」には岩戸閉めが五度行われたという記述がでてきます。

 

 そして、この岩戸を開くことが現在に生きる私たちに与えられている課題なのです。次元融合の期日である、2019年10月6日までに全ての岩戸を開いておく必要があるのです。

 

 次元融合の3日前から’暗黒の3日間’が始まりますから、実際には10月2日までがタイムリミットであると考えられます。’暗黒の3日間’とは、いわゆる巷にあふれるアセンションに関する伝聞に古くから語られている現象です。この期間は、太陽も星も見えなくなると伝えられています。

 

 先ずは、岩戸閉めの概要を知るために、日月神示に記された文言を確認します。

 

五度の岩戸閉め

五十黙示録 第二巻 碧玉(あおたま)の巻 第十帖 より

 

 

 岩戸しめの始めはナギ(伊邪那岐イザナギ)ナミ(伊邪那美イザナミ)の命(ミコト)の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国(よみのくに)に入られたのが、そもそもであるぞ、十の卵を八つ生んで二つ残して行かれたのであるぞ、十二の卵を十生んだことにもなるのであるぞ、五つの卵を四つ生んだとも言えるのであるぞ、総て神界のこと、霊界のことは、現界から見れば妙なことであるなれど、それでちゃんと道にはまっているのであるぞ。一(ひと)ヒネリしてあるのぢゃ、天と地との間に大きレンズがあると思へばだんだんに判りてくるぞ。

 

 夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸が閉められたのである道理、わかるであろうがな。その後、独(ひと)り神(がみ)となられた夫神が三神をはじめ、色々なものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申すまでもないことであろう、妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国の総てを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時めぐり来て、千引(ちび)きの岩戸をひらかれて相抱(あいいだ)き給う時節来たのであるぞ、嬉(うれ)し嬉しの時代となって来たのであるぞ。同じ名の神が到るところに現はれて来るのざぞ、名は同じでも、働きは逆なのであるぞ、この二つが揃(そろ)うて、三つとなるのぞ、三が道ぞと知らせてあろうがな。時来たりなば この千引の岩戸を共に開かんと申してあろうがな。

 

 次の岩戸閉めは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ、騙(だま)した岩戸からは騙した神がお出ましぞと知らせてあろう。いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃(そろ)うてお出まし近うなって来たぞ。

 

 次の岩戸閉めは素盞鳴命(スサナルノミコト)にすべての罪をきせて根(ね)の国に追いやった時であるぞ、素盞鳴命は天下(あめがした)を治(しろ)しめす御役(おんやく)の神であるぞ。天ヶ下は重きものの積もりて固まりたものであるから罪と見えるのであって、よろづの天の神々が積(つ)もる(という)ツミ(積)をよく理解せずして罪神と誤ってしまったので、これが正しく岩戸閉めであったぞ、命(ミコト)を荒ぶる神なりと申して伝えているなれど、荒ぶる神とは粗暴な神ではないぞ、暴れ廻り、壊し廻る神ではないぞ、アラフル(現生る)神であるぞ、天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、取違ひしていて申しわけあるまいがな。このことよく理解出来ねば、今度の大峠は越せんぞ。絶対の御力を発揮し給ふ、ナギ・ナミ両神が、天ヶ下を治(し)らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。素盞鳴の命(ミコヨ)にも二通りあるぞ、一神で生み給へる御神と、夫婦呼吸を合せて生み給へる御神と二通りあるぞ、間違へてはならんことぞ。

 

 神武天皇の岩戸閉めは、御自(おんみずか)ら人皇を名乗り給うより他に道なきまでの御働きをなされたからであるぞ。神の世から人の世への移り変りの事柄を、一応、岩戸に隠して神倭伊波礼毘古命(カムヤマトイハレヒコノミコト)として、人皇として立たれたのであるから、大きな岩戸閉めの一つであるぞ。

 

 仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光が射していたのであるなれど、仏教と共に仏魔渡り来て、完全に岩戸が閉められて、暗闇の世となったのであるぞ、その後はもう乱れ放題、やり放題の世となったのであるぞ、これが五度目の大き岩戸閉めであるぞ。

 

 

まとめ

 整理すると、五度の岩戸閉めは次のようになります。

 

1:イザナギイザナミの時

2:天照大神の時

3:素盞鳴命の時

4:神武天皇の時

5:仏魔が渡り来た時

 

 2019年6月10日までに、すでに4つの岩戸は開かれています。残る岩戸開きは、3番目の素盞鳴命に関わるものです。岩戸開きの作業は「世界は変わるブログ」のコメント欄上に投下された記事によってなされました。

 

岩戸閉めを一度に開く

五十黙示録 第二巻 碧玉(あおたま)の巻 第九帖 より

 

 

 九分行ったら一休みせよ。始めから終りまで休まずに行くと、今の人民では息切れ致すぞ、一休みして自分の来た道をふり返れよ。

この世の世話をさすために、人民には肉体を与えてあるのぞ、活神(いきがみ)がしたのでは堪(こば)れんものが沢山に出て来るからぢゃ、立て替え、立て直し、一時に来ているから、我れ善しの人民にはわからんことになるぞ、この世の動きがわからんのは我れ善しざからぞ、今度の岩戸開きは五度の岩戸閉めを一度に開くのであるから、人民にはなかなかに理解出来んことに折り重なってくるから、何事も神の申す通りハイハイと素直にきくのが一等であるぞ。

 

 

 4つまで岩戸が開かれたときから9月9日まで3ヶ月ほど間が空いています。最後に残された岩戸開きに取り掛かる前に一休みさせられたようです。この期間は、素盞鳴命の分霊である「世界は変わるブログ」の管理人さまのために設けられていたようです。

 

大切なのは素戔嗚の神様に罪着せした時

日の出の巻 第一帖 (二一四) より

 

 

 春とならば萌(も)え出(い)づるのざぞ、草木ばかりでないぞ、何もかも 萌え出(で)るのぞ、此の方(ほう)の申す事譬(たと)えでないと申してあろが、少しはわかりたか。石物言う時来たぞ、この道早く知らしてくれよ、岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、那岐(なぎ)・那美(なみ)の尊の時、天照大神(あまてらすおおかみ)の時、神武天皇の時、仏(ほとけ)来た時と、大切なのは素戔嗚(すさなる)の神様に罪着せした時、その五度(たび)の岩戸閉めであるから、この度の岩戸開きはなかなかに大層ぞと申すのぞ。いよいよきびしくなってきたが、これからが正念場ざぞ、否(いや)でも応でも裸にならなならんぞ、裸ほど結構なものないことだんだんわかりて来るぞ。十二月一日、一二 Θ。

 

 

 ここでは、岩戸開きはなかなか大変なことであると語っています。そして、一番大切な岩戸閉めは素戔嗚尊に罪を着せたことであると語っています。最後の岩戸開きは、素戔嗚尊に課せられた冤罪を晴らすことにあるようです。

 

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