
「日月神示」の「この方」
「てんし様」は救世主
前回の記事「救世主とてんしさま」では、「日月神示」の「てんし様」が二人の救世主の一人であることを突き止めました。
動画では、「全く新しい救世主の原型」の特徴として、次の5点を挙げていました。
1:日本人男性であり、特定の宗教や政治団体には一切属さない、完全に中立な立場を貫いています。
2:幼い頃から古代の失われた文字や言語、神の世界に強く惹かれていました。
3:誰に教わるでもなく、独学でその謎を解き明かすことに情熱を注いできたのです。
4:彼の探求は、人類が忘れてしまった太古の叡智と未来の宇宙意識とを繋ぐ、架け橋となるでしょう。
5:彼は過去に複数の神秘的な夢や啓示を体験しています。
名もなき誰か
彼はまだ自分に課せられた使命の全貌を把握していないようです。動画は次のように語ります。
彼自身はまだ、自らに課せられた壮大な使命の全貌に気づいていないでしょう。
しかし、彼の周囲では、まるで宇宙の意思が働いているかのように、不自然なほどに導かれるような出来事が連続して起きています。
彼の使命遂行に必要な人、物、情報が、磁石に引き寄せられる砂鉄のように集まり始めているのです。
この、まだ名もなき誰かが、あなたの集合意識が一定の覚醒レベルに達した時、突如として世界の舞台にその姿を表すでしょう。
日月神示の神示 (ふで) には次のように記されています。
第九巻 キの巻 第十三帖(二七〇)
世に落ちておいでなさる御方 (おんかた)、御一方 (おんひとかた)、竜宮の音姫殿、御守護遊ばすぞ、この方、天晴れ表に現れるぞ、これからは神徳もらわんと一寸先へも行けんことになったぞ、御用さしてくれと申しても、メグリある金 (かね) は御用にならんぞ、メグリになるのぞ。
この神示では「てんし様」ではなくて「この方」について記されています。
いままで引き籠っていた名もなき誰かさんが、いよいよ表舞台に現れてくるのです。
表舞台に顕れたとき、どのような姿で現れるのでしょうか?「日月神示」からその姿を探りたいと思います。
「この方」
名もなき誰かさんは「日月神示」の「てんし様」に相当するのですが、「日月神示」には「てんし様」と同じく謎めいた存在である「この方 (ほう)」が出てきます。
今まで「この方」を、なんとなく「日月神示」を降ろした神の一柱である国常立尊であると解釈していました。
そして「てんし様」を皇族の誰かであると観ていたのです。
改めて「てんし様」と「この方」について調べてみると、「この方」と「てんし様」が同じ存在ではないかとの疑いが浮上してきたのです。
日月神示の神示 (ふで) に「てんし様」について、次のように記されています。
補巻 月光の巻 第五十帖(八二一)
新しき世界には新しきてんし、天下をこしらえねばならん。このこと間違えるでないぞ。珍らしき御方が出て来てビックリぢゃ。ビックリしなければヒックリとはならんぞ。
この神示から、「てんし様」が表の皇族や裏天皇、八咫烏ではないことが明らかになります。
裏天皇や八咫烏も皇族に連なる血統ですから、ビックリとはならないのです。
予想もつかない「てんし様」が顕れるから、皆ビックリして世の中がひっくり返るのです。
今回の記事では、「日月神示」に描かれている「てんし様」と「この方」について詳しく調べていきます。
二つの神示
先ず、前回の記事でも取り上げました、次の二つの神示 (ふで) に注目してください。
第二巻 下つ巻 第二〇帖(六二)
今度の戦は神力と学力のとどめの戦ぞ。神力が九分九厘まで負けたようになった時に、まことの神力出して、グレンと引っ繰り返して、⦿の世にして、日本のてんし様が世界まるめて治 (しろ) しめす世と致して、天地神々様にお目にかけるぞ。てんし様の光が世界の隅々まで行き渡る仕組みが三四五の仕組ぞ、岩戸開きぞ。
第二巻 下つ巻 第三八帖(八〇)
この方は世界中丸めて大神様にお目にかける御役、⦿の臣民は世界一つに丸めて、てんし様に献 (ささ) げる御役ぞ。この方とこの方の⦿⦿ (かみがみ) と、⦿の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。
⦿祀りてくれたらいよいよ仕組知らせる神示書かすぞ、これからが正念場ざから、ふんどし締めてかかりてくれよ。秋立ちたら⦿烈 (はげ) しくなるぞ、富士は晴れたり日本晴れ、てんし様の三四五 (みよいづ) となるぞ。
世界を丸める御役
二つの神示の次の箇所に注目してください。
1:日本のてんし様が世界まるめて治しめす世と致して、天地神々様にお目にかけるぞ。
2:この方は世界中丸めて大神様にお目にかける御役。
この二つの神示から、「てんし様」と「この方」が同じお役目を担っていることが分かります。
また、次のように記されています。
3:この方とこの方の⦿⦿と、⦿の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。
「この方」と「この方の⦿⦿」の関係は、次の神示で明らかにされています。
第二巻下つ巻第十四帖 (五六)
この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。
どうやら、「この方」と「この方の⦿⦿」は主従関係にあるようです。
「この方」と「祓戸大神」
第二巻 下つ巻 第二十七帖 (六九)
この方は祓戸の神とも現れるぞ。
前回の記事で、「てんし様」は気吹戸主神の転生者であろうと推測していました。
「この方」が祓戸大神の一柱である気吹戸主神だとすれば、「てんし様」と同等の神「気吹戸主神」の分け御魂ということになります。
生き通しの神
「てんし様」は生き通しになると神示にありました。
第二巻 下つ巻 第三十五帖 (七七)
てんし様は生き通しになるぞ、御玉体 (おからだ) のままに神界に入られ、またこの世に出られる様になるぞ、死のないてんし様になるのぞ、
同様に「この方」も生き通しの存在となります。
第四巻 天つ巻 第四帖 (一一一)
この方は元の肉体のままに生き通しであるから、
「てんし様」は「この方」
「てんし様」と「この方」の類似点は次の3つ見つかりました。
1:世界を丸める御役
2:気吹戸主神
3:生き通し
以上のことから次の公式が導き出されます。
「てんし様」=「この方」
「日月神示」には「てんし様」よりも「この方」に関する記述が多いのです。
今後表舞台に姿を現すであろう、日本の救世主「てんし様」の在り様を見極めるためには「この方」について調べて置く必要があります。
未だ、ご自身の使命の全貌を把握されていない、名もなき誰かさんの為にも、今のうちに備忘録としてまとめておく必要がありそうです。
「この方」と「この方の⦿⦿」
「この方」と神々さまに関する神示は二つあります。
第七巻 日の出の巻 第十五帖(二二八)
十柱の⦿⦿ (かみがみ) 様、奥山に祀りてくれよ、九柱でよいぞ、何れの⦿⦿様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、この方合わして十柱となるのざぞ。
第九巻 キの巻 第三帖(二六〇)
この方イの神と現われるぞ、キの神と現われるぞ、シチニの神と現はれるぞ、ヒの神と現はれるぞ、ミの神と現はれるぞ、イリ井の神と現はれるぞ、五柱 (いつはしら) の神様篤くおろがめよ、
...
十柱 (とはしら) の神篤くおろがめよ。
「この方」は「応身の弥勒」ですから、「この方の⦿⦿」は、十一面観音の十一柱の神々の中の九柱の女神に相当すると考えられます。
九柱の女神は九頭龍大神になります。
五柱の神様とは、伊豆能売の五柱の神さまだと考えられます。
五柱の神
弥勒大神
1:てんし様
4:聖母マリア
5:多岐都比売命
十柱の神
1:伊邪那美大神
2:天照大神
3:月読尊
4:瀬織津姫
5:宇迦之御魂大神
6:木花咲耶姫
7:磐長姫
8:稚日女尊
9:菊理媛尊
10:弥勒大神
女性救世主説
偽救世主の登場
聖書の終末預言の中には、偽救世主の存在が記されています。
人類が覚醒の時を迎えて、名もなき誰かさんが表舞台に登場する時、偽救世主も現れてくるのではないでしょうか。
偽救世主を見極めるためにも、「日月神示」の「てんし様」と「この方」についての情報をまとめておく必要がありそうです。
大本の出口王仁三郎氏は当初、ご自身が救世主ミロクであるとの認識を持っていました。
しかし後に、ご自身は偽のミロクであり、真の女子がいづれ現れるであろうと語っていました。(注1)
出口王仁三郎氏の云う、真の女子が本物のミロクであり救世主なのでしょう。
しかし、「真の女子」が女性なのか男性 (変性女子) なのか、出口王仁三郎氏の残された言葉から訳が分からなくなっていました。
動画では、救世主を男性として語っていますから、変性女子が真の救世主だと思うのですが...
注1:変性女子
魂は女性であるが、身体は男性の存在。性同一性障害やおかまとは違います。
例:月読尊と素戔嗚尊は変性女子になります。
魂の本体は、女神 速佐須良比売神 (はやさすらひめ) になります。
それゆえ、大本では素戔嗚尊を女神としているのです。
出口王仁三郎氏の遺書
出口王仁三郎氏は、その遺書の中で、次のように語っています。
いま、大本にあらはれし、変性女子はニセモノじゃ、誠の女子があらはれて、やがて尻尾が見えるだろ。女子の身魂を立て直し、根本改造しなくては、誠の道は何時までもひらくによしなし。さればとて此れにまさりし侯補者を、物色しても見当たらぬ。時節を待ちていたならぱ、何れあらはれ来るだろう。美濃か尾張の国の中、まことの女子が知れたなら、もう大本も駄目だろう。前途を見越して尻からげ、一足お先に参りましょ。皆さんあとからゆっくりと、目がさめたなら出てきなよ。盲千人のその中の、一人の目明きが気をつける。ああかむながら、かむながら、かなはんからたまらない、一人お先へ左様なら
この文章の出典については幾つかの説がありますが、問題は、救世主は男性 (変性女子) ではなくて、真の女性であると記しているところです。
はたして、救世主弥勒は男性なのか?女性なのか?意見が分かれるところです。
変性女子と変性男子
大本の出口王仁三郎氏と出口なお氏は、それぞれ変性女子と変性男子でした。
変性女子は、魂が女性であるが体は男性の存在。変性男子はその逆になります。
お二方は、大国魂神 (おおくにたまのかみ) の瑞の御魂と厳の御魂に所属していました。
霊系統図では、次のようになります。
(紫:男女神 青:男神 赤:女神)
大国魂神 (瀬織津比売大神)
厳の御魂:瀬織津比売神 (変性男子)
出口なお ⇒ 現在へ転生
荒御魂:瀬織津姫
セオリツヒメ・ホノコ ⇒ 日向の卑弥呼
幸御魂:瀬織津姫
瑞の御魂:速佐須良比咩神(変性女子)
出口王仁三郎 ⇒ 現在へ転生
和御魂
ツキヨミ ⇒ 素戔嗚尊 他
奇御魂
ソサノヲ ⇒ 徐福 ⇒ 藤原不比等 他
気吹戸主神 :変性女子
気吹戸主神は、速秋津比古神 (はやあきつひこのかみ) (=伊豆能売:いづのめ)に所属し、変性女子になります。
四魂:気吹戸主神
速秋津比古神 (伊豆能売)は、対となる速秋津比売神 (はやあきつひめのかみ) (=大宮能売大神:おおみやめのおおかみ) と一心同体の神です。
速秋津比古神 (伊豆能売) と速秋津比売神 (大宮能売大神) は、どちらも女神である菊理比売大神と宇迦之御魂神の分け御魂から造られたハイブリッドの神になります。
厳の御魂 (菊理比売大神の分け御魂)
瑞の御魂 (宇迦之御魂神の分け御魂)(変性女子)
厳の御魂 (宇迦之御魂神の分け御魂)
瑞の御魂 (菊理比売大神の分け御魂)
速秋津比古神 (伊豆能売) と速秋津比売神 (大宮能売大神) を合わせて伊都能売神 (いづのめのかみ) となります。
伊都能売神(変性女子)
速秋津比古神 (伊豆能売) の瑞の御魂からは、変性女子として男性を地上に送り込むことが出来るのです。
それゆえ、伊豆能売は女神でありながら速秋津比古神の別名があるのです。
伊豆能売の瑞の御魂には、ヒヨルコ (伊都能売神皇:観音菩薩)と弥勒菩薩の存在が確認できます。
四魂:気吹戸主神
厳の御魂 (菊理比売大神の分け御魂)
荒御魂:聖母マリア
幸御霊:多紀理毘売命
瑞の御魂 (宇迦之御魂神の分け御魂)(変性女子)
奇御魂:弥勒菩薩
ヒヨルコは、生前に伊豆能売神皇から伊都能売神にまで上り詰めたと考えられます。それゆえ、伊都能売神皇の名が与えられているのです。
伊都能売神(変性女子)
四魂:伊豆能売神皇
速秋津比売神 (大宮能売大神) の瑞の御魂と厳の御魂は、どちらも女神になります。こちらには、木花咲耶姫と磐長姫命、 泣澤女神と稚日女尊の存在が確認できます。
四魂:速秋津比売 (はやあきつひめ)
瑞の御魂 (菊理比売大神の分け御魂)
和御霊:木花咲耶姫
奇御魂:磐長姫命
厳の御魂(宇迦之御魂神の分け御魂)
荒御魂:泣澤女神
幸御魂:稚日女尊
アマテルと二人のイエス
アマテルと二人のイエスは、大国主神 (おおくにぬしのかみ) に属し、どちらも男神になります。
四魂:アマテル ⇒ トランプ氏
瑞の御霊
和御霊:空き
奇御魂:ソロモン系 (統治王系) のイエス
厳の御霊
荒御魂:空き
大国主神 (饒速日大神:にぎはやひおおかみ)の和御霊と荒御魂には、伊都能売神と大国魂神が入ります。
鶴と亀の統合
大国主神と大国魂神、そして伊都能売神に属する神々の封印がすべて解かれて統合すると、天照坐皇大御神 (あまてらしますすめおおみかみ) (別名:伊都能売大神 ・大国主大神) になります。
これが、本来の天照坐皇大御神の姿です。
伊雑宮 (いざわのみや) の天照坐皇大御神 (鶴) と籠神社 (かごじんじゃ) の饒速日 (亀) が統合されるとことを、童謡「かごめの歌」で「鶴と亀が統べった」と歌っているのです。
童謡「かごめの歌」は籠神社の発祥です。
瑞の御魂
和御魂:伊都能売神
奇御魂:大国主神
厳の御霊
荒御魂:大国魂神
幸御魂:大国主神
物語に見る女性救世主像
映画やアニメ・ゲームで、女性の救世主を扱った作品群があります。(注1)
物語世界では、二人の救世主の祭祀系の救世主を女性として扱っています。変性女子は魂は女神なのですから、この発想もありかと思います。
物語に登場する女性の救世主の原型はマグダラのマリアにあるようです。
変性女子である救世主の原型は、聖母マリアにあると観て良いかと思います。気吹戸主神には、聖母マリアと多紀理毘売命の御霊が含まれているからです。
女性救世主:マグダラのマリア
変性女子の救世主:聖母マリア
出口王仁三郎氏の「真の女子がミロク (救世主) である」との見解は、女性の偽救世主の登場を暗示しているようです。
それ故、祭祀系の霊的メシアの存在は非常に分かりにくく、識別不能なのではないでしょうか?
物語世界で語られる女性の救世主像は、いったい誰が作り上げたのでしょうか?ミスリードを狙った情報攪乱作戦の一環のように見受けられます。
物語に登場する女性の救世主像として、次の特徴が挙げられます。
1:日本人
2:失われた古代文明の王家の末裔
3:王家の証であるペンダントを持っている
二人の救世主を扱った作品で、二人目の女性救世主が登場する作品です。
映画:「マトリックス レザレクションズ」
男性救世主:ネオ
女性救世主:トリニティー
映画:「シン・エヴァンゲリオン」
男性救世主:碇シンジ
女性救世主:マリ (真希波・マリ・イラストリアス:日本人)
アニメ:「sonny boy」2021年
男性救世主:長良
女性救世主:瑞穂(日本人)
アニメ:「進撃の巨人」2020年
男性救世主:エレン・イェーガー
女性救世主:ミカサ・アッカーマン(日本人)
「失われた古代文明の王家の末裔」であり「王家の証であるペンダントを持っている」女性が救世主として登場する作品です。
アニメ:「不思議の海のナディア」
女性救世主:ナディア
(M78星雲からやってきたアトランティス人)
アニメ:「ラピュタ」
女性救世主:シータ
ゲーム:「クロノクロス」
女性救世主:キッド
注1:参考ブログ
変性女子救世主説
てんし様の魂構成
気吹戸主神の転生者が「てんし様」だとすると、その魂構成は次のようになります。
四魂:気吹戸主神 (厳の御魂 + 瑞の御魂 )
厳の御魂 (菊理比売大神の分け御魂)
瑞の御魂 (宇迦之御魂神の分け御魂)(変性女子)
ヒヨルコ
天地神々様と大神様
しかし、次の二つの神示が気になります。
第二巻 下つ巻 第二〇帖(六二)
日本のてんし様が世界まるめて治 (しろ) しめす世と致して、天地神々様にお目にかけるぞ。
第二巻 下つ巻 第三十八帖(八〇)
この方は世界中丸めて大神様にお目にかける御役、⦿の臣民は世界一つに丸めて、てんし様に献 (ささ) げる御役ぞ。
「てんし様」は「この方」と同じです。
「世界を丸め」て、「天地神々様」と「大神様」にお目に掛けるとあります。
この大神様とは、日月神示で登場する宇宙根源神「元の元の元の大神様」ではないでしょうか。
元の元の元の大神様
「てんし様」に関する次の神示も気になります。
第十三巻 アメの巻 第17帖(三五一)
天地の先祖、元の神のてんし様が王の王と現われなさるぞ、王の王はタマで御 (おん) 現われなされるのだぞ。
「天地の先祖、元の神」は、日月神示の神示にある「元の元の元の大神」だと推測できます。
「てんし様」には、この大神様の御霊がどこかに入っているのではないでしょうか。
このブログでは、「元の元の元の大神」を「まことの大神」と呼んでいます。
「神の王」「大神の中の大神」
そして、特に気になるのは、第444代目倭国皇帝智子氏に降ろされた「大いなる光玉の女神」のご神託です。
大いなる光玉の女神
— 智子@第444代目 (@UF_dynasty) 2022年5月4日
数多ある宇宙、数多ある世界、それらを治める神々、その神々を束ねる神の王、大神の中の大神。地球人にどこまで想像がつくか?神の王は今、地球におわす。その大いなる機会を、活かすも殺すも、魂の自由よ。
智子
「神の王」には、心当たりがあります。
「神の王、大神の中の大神」
「神の王は今、地球におわす」
この二つの言葉の意味するところは、「元の元の元の大神」の分け御魂がどこかに下生していることを示唆しているということです。
ヒヨルコ は、伊豆能売の瑞の御魂の和御魂に生まれ、生前に伊豆能売 (四魂:瑞の御魂+ 厳の御魂)に至り、伊都能売神皇 (伊豆能売 + 大宮能売大神) まで霊性進化しました。
この霊性進化の段階を次のように解釈し、霊系統図に落とし込んでみました。
伊都能売神(変性女子)
四魂:伊都能売神皇
四魂
伊豆能売神皇
気吹戸主神
厳の御魂 (菊理比売大神)
荒御魂:聖母マリア
幸御霊:多紀理毘売命
瑞の御魂 (宇迦之御魂神の分け御魂)(変性女子)
奇御魂:弥勒菩薩
弥勒神
伊都能売神皇 (観音菩薩) は光明如来となり、弥勒となった弥勒菩薩と融合して弥勒神となります。弥勒菩薩は、伊豆能売の瑞の御魂の奇御魂です。
伊豆能売(変性女子)
四魂
気吹戸主神 (瑞の御魂 + 厳の御魂 )
厳の御魂
荒御魂:聖母マリア
幸御霊:多紀理毘売命
瑞の御魂
和御魂
奇御魂
「まことの大神」の分け御魂
伊都能売神皇は、その分け御魂を瑞の御魂にも厳の御魂にも降ろすことが出来るのです。しかし、ここで厳の御魂に新たな御魂を組み込んだ可能性について考察してみます。
伊都能売神(変性女子)
「まことの大神」の分け御魂を厳の御魂に組み込むのです。新たな神の誕生です。この神を仮に弥勒大神とします。
弥勒大神(変性女子)
厳の御魂:(まことの大神の分け御魂)(変性女子)
「まことの大神」の厳の御魂は女神になります。ですから変性女子として組み込むのです。そして、ここから応身の弥勒を地上に送り込むのです。
そして、この御霊が覚醒すると「てんし様」になるのです。
まことの大神 (両性具有神)
厳の御魂 (女神)
瑞の御魂 (男神)
霊系統図は次のようになります。
弥勒大神 (六六六 (みろく)大神)
四魂:弥勒大神 (光明如来 + 弥勒 + 聖母マリア + 多紀理毘売命 + てんし様)
弥勒大神 (五六七 (みろく) 大神)(変性女子)
四魂:弥勒大神 (観音菩薩 + 弥勒 + 聖母マリア + 多紀理毘売命 + てんし様)
四魂:弥勒神 = 気吹戸主神 (観音菩薩 + 弥勒 + 聖母マリア + 多紀理毘売命)
厳の御魂
荒御魂:聖母マリア
幸御霊:多紀理毘売命
瑞の御魂(変性女子)
厳の御魂:(まことの大神の分け御魂)(変性女子)
四魂:応身の弥勒 ⇒ てんし様
弥勒大神
弥勒神は、やがて覚醒した応身弥勒 (てんし様) と融合して弥勒大神となります。
弥勒大神は、五六七 (みろく) 大神から六六六 (みろく) 大神へと進化します。
六六六大神の霊格は、天照坐皇大御神 (別名:伊都能売大神 ・大国主大神) と同格になります。
六六六大神 (光明如来 + 弥勒 + 聖母マリア + 多紀理毘売命 + てんし様)
「てんし様」は「この方」であり「元の元の元の大神様」の分け御魂が地上に降ろされた存在となります。
この仮説では、イフキヌシの転生者は「てんし様」ではないことになります。
弥勒大神となった「てんし様」は、日月神示では「ミロク様」として出てきます。
この存在は、日月神示でどの様に描かれているのでしょうか?
先ずは、「この方」について調べてみます。
日月神示の描く「この方」
「この方」の失敗
日月神示には、「この方」が今回の神仕組みに取り組むに至る経緯を次のように記しています。
第二十三巻 |三の巻 第十帖(五〇二)
この方 (ほう) 、悪⦿ (あくがみ) 、祟神 (たた) り⦿ (がみ) と人民に言われてトコトン落されていた⦿であるぞ、言われるには言われるだけのこともあるのぢゃ、この方 (ほう) さえ改心いたしたのであるぞ、改心のおかげでこのたびの御用の立役者となったのぢゃぞ、誰によらん改心致されよ。
第七巻 日の出の巻 第二十帖 (二三三 )
今度の経綸 (しぐみ ) は世の元の生き通しの⦿でないと間に合わんのざぞ。
...
この方は力あり過ぎて失敗 (しくじ ) った⦿ざぞ、この世構う⦿でも我 (が) 出すと失敗るのざぞ、どんな力あったとて我出すまいぞ、この方がよい見せしめぞ 。世界構うこの方さへ我で失敗ったのぞ、くどいようなれど我出すなよ、慢心と取違いが一等気障 (きざわ) りざぞ。
「この方」は、過去世において、なにやらやらかしてしまったようです。
民衆と共に歩むもの
前回の動画では、「完全なるメシア」の資質について次のように語っています。
民衆と共に歩むもの
「民の痛みや苦しみに深く共感し、同じ目線に立ち、彼らの内なる力を引き出す存在でなければならない」
全く新しい救世主の原型
「天皇が持つ血統の正当性と、名もなき覚醒者たちが持つ民衆との共感性、この二つの異なる要素を統合する存在」
人民の中に居る「この方」
日月神示の神示は、「この方」の資質について次のように記しています。
第十三巻 雨の巻 第十六帖 (三五〇 )
この世と申しても臣民の世ばかりでないぞ、⦿の世界も引っくるめて申しているのぢゃぞ、勇んでやって下されよ、勇む所この方力添え致すぞ。心配顔この方嫌いぞ、歌唄い下されよ、笑いて下されよ、笑えば岩戸開けるぞ。
...我 (われ) の難儀、我が作るのざぞ、我恨むよりほかないぞ、人民の心さへ定まったら、この方自 (おの)ずから出て手柄立てさすぞ、手柄結構ざぞ。
...
人民の苦しみこの方の苦しみざぞ、人民もこの方も同じものざぞ、この道理わかりたか、この方人民の中に居るのざぞ、言 (こと) 分けて申しているのざぞ。
ここには、正に「民衆と共に歩む」救世主の姿が描かれています。
治癒魔法師
「この方」は、病気直しの神「オホカムツミノ神:意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)」としても現れるそうです。(注1)
第四巻 天つ巻 二六帖 (一三三)
この方はオホカムツミノ神とも顕 (あらわ) れるのざぞ、
第四巻 天つ巻 二九帖 (一三六)
この方オホカムツミノ⦿ (かみ) として書きしらすぞ。病あるか無きかは手まわはして見ればすぐ分かるぞ、自分の身体中どこでも手届くのざぞ、手届かぬところありたら病のところすぐわかるであろうが。臣民の肉体の病ばかりでないぞ、心の病も同様ぞ、心と身体と一つであるからよく心得ておけよ、国の病も同様ぞ。
...
この方 、病直してやるぞ、この神示読めば病治る様になっているのざぞ、読んで⦿の申す通りに致して下されよ、臣民も動物も草木も、病なくなれば、世界一度に光るのぞ、岩戸開けるのぞ。戦も病の一つであるぞ、国の足の裏、掃除すれば国の病治るのぞ、国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除してくれよ。
第七巻 日の出の巻 第十五帖(二二八)
この方、意富加牟豆美 (おおかむつみ ) の神であるぞ。神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、大難小難にしてやるぞ、生命 (いのち) 助けてやるぞ、この事はこの方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、
補巻 月光の巻 第十九帖(七九〇)
人民の浮瀬に悩むを救うのはオホカムツミの神であるぞ。この能 (はたらき) の神名わすれてはならん。この方はオホカムツミの神とも現われるぞと知らしてあること忘れたのか。
「富士の仕組み」が発動して「この方」には、これまで眠っていた霊的能力が目覚め、治癒能力を得るのかもしれません。
「てんし様」は、治癒師として表舞台に顕れてくるのかもしれませんね。
注1:オホカムツミノ神 (オオカムヅミ)
日本神話に登場する桃であり神。
『古事記』では黄泉の国の条に登場する。伊邪那岐命が、亡き妻の伊邪那美命を連れ戻そうと、死者の国である黄泉の国に赴くが、失敗して予母都色許売 (よもつしこめ) や8柱の雷神、黄泉軍 (よもついくさ) に追われる。地上との境にある黄泉比良坂(よもつひらさか)の麓まで逃げてきた時に、そこに生えていた桃の実を3個取って投げつけると、その霊力で雷神と黄泉軍は退散していった。
この功績により桃の実は、伊邪那岐命から「意富加牟豆美命 (おおかむづみのみこと)」の神名を授けられ、「汝、我を助けしが如く、葦原中津国に有らゆるうつくしき青人草の、苦しき瀬に落ちて、患 (うれ) へ悩むとき、これを助くべし (お前が私を助けてくれたように、葦原の中津国 (地上世界) のあらゆる生ある人々が、苦しみの激流に落ち、悩み悲しみ苦しむことがあったときには、これを助けてやってくれ。)」と命じられた。
信仰
桃は中国では仙木とも呼ばれ、邪気を払う呪力があると考えられていた。元旦に飲む桃湯は邪気を退け、桃膠(桃の木のヤニ)から作られる仙薬は、万病に効くとされていた。また、桃弓と棘矢が除災の儀礼に用いられていた。
室町中期には「桃太郎」の説話が成立するが、これは桃が不老長寿の仙果で、邪鬼を払う呪力があったことに関係するといわれる。雛祭りも「桃の節句」と呼ばれるように、桃の花を飾り、桃酒を飲む風習が見られ、桃の厄災を払う力に係わる祭りとなっている。これらの説話や行事は、現在にも伝えられている。
救世主としての証

「この方」は、非常に能力の高い治癒魔法師として登場してくるようです。
第一巻 上つ巻 第七帖(七)
この神は小さい病直しや按摩の真似させんぞ、大き病を直すのぞ。
「てんし様」は、イエス・キリストや「このすば」のアクアさまのように、死者をも甦らす事の出来る治癒魔法の使い手かもしれません。
極めて高度な治癒魔法の能力を有する存在。それが「てんし様」の証となるのでしょう。
「てんし様」は歩く「メド・ベッド」のような存在かもしれませんね。
しかし、「メド・ベッド」が普及すれば治癒魔法師としての役割が終わるのでしょう。それからが救世主としての本格的な活動となるのかもしれません。
次回は「この方」と「てんし様」、そして「ミロク様」について、さらに詳しく掘り下げていきたいと思います。
2025年7月9日再設定
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