ののの備忘録

『日月神示』の解読と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。「神一厘の仕組み」と「テンバガー投資法」

アリオンの教え

道しるべ

ここでは、アリオンの残してくれた数々の言葉を紹介することにします。

 

アリオンはまず自立しなさいと語りかけます。そして、自立するためには、強くあらねばならぬと続けます。強い自分であるためには、自らに付いてよく知ることが大切であると続けます。


ここに揚げたのはアリオンの指し示す道しるべ『智慧の道』を歩まんとする者に対するメッセージです。

 

すべて、『アリオン・メッセージ』(アーリオーン・メッセージ―来たるべき地球大変動の真相 アートラインプロジェクト著 徳間書店)からの引用となります。

 

自立について

『自立しなさい。自立とは、分からないことの連続だ。

 

一瞬一瞬の行為を自らの決断で選びとり、その結果起きるであろう全てのことに責任を持ちなさい。

 

だからといって、排他的になる必要は無い。誰の意見であれ、自らの意志で選んでいるんだという自覚がなければ、自らの能力を試す結果である責任も自分の手には入らない。

 

自立とは、そういうことだ。

 

自立を目指さない者に、私は今後、話し掛けることを善しとしないだろう』

 

議論について

『確かに、欧米人は意見を意見として受け止め、議論をするのが上手だ。

 

日本人は、何時の頃からか、ヤワな精神構造になったようで、意見を即中傷と受け止め、感情的に害されたと思い込んでしまう人が少なくない』

 

知識について

『武力に対して武力で戦うのは愚か者のやることだ。しかし武力に対して効果のあるものは、力だ。

 

本当の力とは、花や微笑みといった、あなたがたの偽善的なフレーズに飾られた額縁の中の絵では無い。

 

本当の力とは、血の滲(にじ)む愛情だ。自分の生命を投げ出せることだ』


『知識は両刃の剣だ。使いこなせない知識は害になる。使いこなせた時に知識は、その人特有の「知恵」となり、その人を助けるだろう。

 

知識は多ければいい、というものでは無い。それを使いこなすだけの勇気と努力と根気と、それを取り入れる時の直感力が必要だ』


『自らの心に積もった、澱(おり)のような知識の断片をいつまでも手放さないでいると、真新しい智慧は、育たない』

 

智慧の道

『理解の理の枠組みを外れたところにあるもの。人はそれを掴むことはできないが、垣間見たり勘じたりすることが出来る。

 

理の枠を外れた広大なる「智の原野」には、果てしない「夢」と、尽きない「愛」と、止めどない「命」が作り出す恵みの光が満ちている。

 

生も死も、そして生でなく死でなく、更に生であり死であるもの。それら生命活動の繰り為す全ての原因と結果と過程を一望の下に観ることのできる「智慧」こそ、あなた方の求めて止まないものである。

 

この智慧に至る道をあなた方は個々の適性や嗜好(しこう)性などによって探し続ける。

道を探すには自らの足で立たねばならず、道を歩むには自らの足で歩かねばならない。

 

この基本的なことすらも盡(まま)ならない者に智慧への道は存在しえない。

 

また、この基本的なことへの努力を怠る者は自らの生命を軽んじていることに気付かねばならない』

 

自分を観る:自己観照

アリオンは、己をよく知ること、すなわち自己観照を勧めています。

 

自分をよく観ることは実にむつかしいことです。しかし、存在と共に歩み始めると、否応なく自己を見つめざるを得なくなってきます。

 

存在によってそのように働きかけられるのです。
注:存在とは、あなたを導く目に見えない霊的存在のことを云います。

 

自我の確立

『自我の確立には、まず「自知」だろう。
『自分』を知る、というのは「言うは易し行うは難し」の代表選手みたいなものだ。

 

自分で思い込んだ世界での自分を知る-というのではなく、自分と呼ぶ個体の生きている環境の中の雑多な反映物をも通して知る、ことも必要だ。

 

それで私は「自分を観る」ことを勧めている』

 

『こんな時に自分はこう思った、でも友人は別のことを思った。この違いはなんだろう?自分はこうであるのに、友人はこうでは無い。

 

自分と友人の違いは何だろう?と考え、お互いの持つ違いや差を認識して、その差をお互いに越えてゆくことを目指すためには、自らの性格を先ず見つけること。

 

そして色々な基準に基く評価を与えないことから始める…

これを、「自分を観る」と私は名付けているんだよ』

 

自分の言葉で語る

『自分を観るということは、先ず自分の言葉で自分のことを語ることから、そして他者にそれを伝えることから始まる。

 

他者の反応は自らのものとは異なる筈(はず)だ。

 

どこがどう異なるのか?

異なる点について自分は、どう感じるのか?

 

そうした事柄を誠実に会話する努力無しで、一般論を持ち出していては、自分を観ることから遠ざかることになる』

 

命を投げ出す

『何を見るのか?まず「ああなりたい、こうなりたい」という思いを外(はず)した部分で、自分は一体、何の為に自分の生命を投げ出すことが出来るのか?

ということを考える。

 

そうした時にこそ、自分が何であるか、何をしたいのかが見えてくる。

この状態の時に、もっとも人は謙虚に自分の生命を見つめることができる。

そうした裸の状態の自分を見ることが出来た時に、初めて自分の周囲が見えてくる』

 

「見たい自分」と「見たくない自分」

『万民に通じるような方法論は無いけど、あなたの中にくすぶっている「自分」を引き出すための縄くらいは提供できるよ。

 

私は、あなたの鏡となって、あなたの「見たい自分」も、「見たくない自分」も対等に併置して見せることが出来るよ。

 

「見たい自分」とは既に知っている、『自分』。

「見たくない自分」とは、知っていても故意に見ようとしない、或いは全く気付かない場所に、忘却の彼方に追いやってしまった『自分』。

 

これらを等価値に見る練習をすることから始める』

 

見えてくるままを見る

『自分を見る時に、人は自分にとって気持ちの良い自分をみようとする傾向があるが、敢えてそれをしないで、見えてくるままを見るということだ。

 

そもそも気持ちが良いと信じ込んでいることであっても、流行り廃(すた)りがあり、一昔の日本人にとって心地よい状況も、現代の日本人にとっては心地よくないということも多々あるのだね。

 

そういった流行り廃りの無い、本当の自分の姿だけをみようとするということは、真実の宇宙の姿に繋がる方法の一つでもあるんだよ』

 

ありのままに見る

『本当の自分を見ること、それがたとえ『こうありたい自分』から遠く離れていてもそれを認めるということは、嫌いにならないこと…そして好きになることでもない。

 

ただ、ありのままに『それを、そこに在ると知る』ことなのだ。

この行為を通して、あなたがたは多くのことを見つけるだろう。

それは『自分とはこういうものだ』という枠を壊すことに繋がってゆくだろう。

 

つまり、自分を何にも規定したりしないこと、自分を自分として見つけることが出来るようになる道へ繋がる行為になるからだ』

 

恥を伴うこと

『自分を観るということは、自らが見知った自分自身を断定的に論じることでは無い。

 

自らの内側にあるものを見つめること、それは殆(ほとん)どの場合において恥を伴うことであり、多くの場合、非常に辛く苦しいものであることは否定しない。

 

しかしそれを避けて記号としての言葉を幾ら構築しようが、幾ら優れていると喧伝(けんでん)される論理で糊塗(こと)しようが、無駄に終わると言い切っても良かろう』

 

意外な面に気付く

『自分にとって自分を見るくらい大変なことはない、と皆が言うよ。

 

それまでも見てきたつもりでも、それは「自分がこう思う自分」であって決して本当の自分ではなかった、というケースが多い。

 

「自分は~なんだ」とか「自分という人間は、~なんだ」と決めた自分を見ても何もかわらない。これは、自分の望んだ自分の似姿でしかない。

 

本当の自分とは、意外な面も持ち合わせた存在であることに気付くよ』

 

辛い作業

『自分を見るのは、等しく誰にとっても辛いものだと断言しておこう。

 

時には「こんな自分なんて、何で生まれて来たんだろう?」とか「こんな自分なんて大嫌いだ、身たくも無い」と自分の殻に逃げ帰りたくなる。

 

こういった反応は、ごく自然なもので、これが無かったら逆にオカシイ。

 

拒否反応が強い場合には、ジックリ・ユックリを心がけて、チラリと見えた自分の姿を批判したり非難したりしないで、そこに置いておく練習をすることだ。

 

「自分を見る」行為には、一人一人所要時間が異なるので、焦ることは無い』

 

『自分を見ることを始めたら、昨今よく言われる「超自我」との対話は困難では無い。

 

超自我」というのは、あなたがたの一人一人の心の深奥の「魂」の前庭にあたる部分の呼称だと、私は解釈している』

 

自分から変える

『黙示的な世界への突入は、あなたがたの一瞬一瞬の決断で防ぐことは出来る。

 

つまり、あなたの話している超勢力の存在が求めている方向ではなく、あなたがたの何なのか?が分からない人が殆どだから、私はこうして、この会議室(*)でも一人一人と話して「自分を見る」ことを始めようと、声を掛けているんだよ。

 

少しでも、何かを変えてゆきたいなら『自分』から変化してゆくべきなんだよ』

 

*会議室…アリオンパソコン通信ネットワーク「ニフティー・サーブ」上にもっている電子会議室のこと。

 

多くの人が集い、『自分を観る』に挑戦し続けていた。

 

可能性を信じる

『多くの人間が、自分自身の可能性を信じるのと等しく、他の人や生き物の可能性も信じ、伸ばそうと努力するならば、この世界は確実に変化するだろう。

 

また可能性とは、エネルギーだということを覚えておいて欲しい。

 

精神のレベルのエネルギーは、ある値に達すると物質的な身体のエネルギーにも影響を与え、結果をもたらすものだ。

 

この為にも可能性の貯蓄は大きい方がいいんだよ。

可能性の貯蓄が大きいと、マルチなエネルギーの選択が可能になるからだ。

 

その為にも「自分を見る」そして「他人」との関わりを見る、個々の差を見出し、その差を取るためにはなにが出来るかを考えたり、行動したり言動したりする上で、さらにお互いの可能性を伸ばす、といったことが大切なことになるんだよ。

 

こうしたことが多くの人によって成される時に、大宇宙に偏在する「イノチ」のエネルギーが大きな選択肢を拡げて、この地球のイキモノの可能性のエネルギーに見合うだけの「愛」のエネルギーを送ってくるだろう。

 

そして、この時多くの人が奇跡を見出すだろう』

 

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