八咫烏はその昔、とある暗号をこの国のどこかに仕掛けました。いづれ、この暗号は解かれると予言されており、その時を千年以上も待ち続けていました。
暗号は静岡浅間神社にあります。いよいよ、この国の最重要国家機密が公にされる時が近づいています。
八咫烏と秦氏の暗号
八咫烏
ユダヤの祭祀系一族であるレビ族に関りの有る古代氏族に、賀茂氏 (かもうじ) と秦氏 (はたうじ) がいます。
賀茂氏には、京都山城国 (やましろのくに) の県主 (あがたぬし) と奈良県葛城 (かつらぎ) の県主、岡山県備前国 (びぜんのくに) の県主の3系統あります。(注1)
京都山城国の県主は天神系 (てんじんけい) であり、アマテラスのグループです。渡来系氏族である秦氏と密接な関係があります。
奈良県葛城の県主と岡山県備前国の県主は共に国津神系 (くにつかみけい) です。この3系統の八咫烏が存在します。
八咫烏 (やたがらす) には、八咫烏秘記という真実の歴史が書かれた文書が伝わっています。これが竹内文書の元本ではないかと云われています。
八咫烏は、八咫烏陰陽道という秘儀を伝承しています。八咫烏も秦氏と同様に、神社や記紀、古史古伝の中に暗号を隠していたと観ています。
複合神社三角陣封印結界がその一つです。神社の配置やご祭神の名を使った大掛かりな仕掛けです。これは、古の神々さまを封印し、時が来れば解き放つ事の出来る仕掛けです。(注2)
どうやら、こうした大掛かりな仕掛けのハード面とソフト面を秦氏や八咫烏さんたちが担っているように思えます。各種の情報も、時節に合わせて小出しに出されているように思えます。
八咫烏と秦氏の暗号が全て解かれた時、『みろくの世』が始まるのではないでしょうか?
注1:八咫烏
秘密結社八咫烏から判明した恐るべき日本人の起源…歴史を覆す謎の古代文明と日本にも存在していた驚愕の真実とは?【都市伝説】
注2:複合神社三角陣封印結界
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神謀り
狐のお面
狐のお面の秦氏が『神謀りが始まった』と伝えています。とりあえず、彼らは京都でお祭りを行う準備を進めているようです。
そのための土地を一万坪用意されたそうです。どのようなお祭りでしょうか?大変気になります。五色人のお祭りでしょうか?(注1)
この場合の神謀り (かむはかり) とは、神在月に出雲で行われる神さまの会議ではなくて、大祓詞 (おおはらえのことば) の最初に出てくる文言のようです。文字が違いますけど、こちらのような気がします。(注2)
ちょうど、四柱の祓戸大神さまたちの正体も判明したところです。その正体を隠すことも神さまの封印になります。(注3)
長い間隠され続けてきた神さまたちも本来の神力を取り戻して、本格的な活動を開始されたのかもしれません。実際、そのようにお聞きしています。
高天原に神留まり坐す。
(たかあまはらにかむづまります)皇が親神漏岐神漏美の命以て
(すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちて)八百万神等を。
(やほよろづのかみたちを)神集へに集へ給ひ。
(かむつどへにつどへたまひ)神議りに議り給ひて。
(かむはかりにはかりたまひて)...
注1:神謀りが始まった
注2:大祓詞
注3:祓戸大神の正体
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秦氏と静岡市
秦氏が開拓した街:静岡市
秦氏と静岡市の深い関りを解説している動画を見つけました。極めて重要な内容ですので、文字起こししておきました。
話し言葉を書き言葉にするなど、多少表現は替えてあります。(注1)この動画は、半年前に公開されています。
静岡浅間神社 (しずおかせんげんじんじゃ) はまさに歴史の表と裏も見ている神社。
静岡と切っても切れない不思議な神社です。この浅間神社は賎機山 (しずはたやま) にいた神さまを祭ったことがこの神社の始まりだと言われています。
その山の麓にあるのが静岡浅間神社。神奈備 (かんなび) と言われる神さまのいる山だったんです。そのことから、静岡の人たちの精神的な支えだったと言われています。(注2)
駿河の国総社。静岡の総氏神様、駿河の大社として昔から武士やお偉いさんにとても好かれた神社です。北条氏、今川氏、徳川氏から熱烈に愛された神社です。
浅間神社には3つのメインの神社と4つの社を合わせた呼び名なんです。それは延喜式神名帳 (えんぎしき じんみょうちょう) にも載った王道の神部神社 (かんべじんじゃ) 、富士山出身の浅間神社、物流の拠点、商業は私が司る大歳御祖神社 (おおとしみおやじんじゃ) 。
注1:【ゆっくり解説】京都だけじゃない!秦氏が開拓した場所とは!?
注2:ウィキペディア - 神奈備 より
神奈備 (かむなび・かんなび・かみなび) とは、神道において、神霊 (神や御霊) が宿る御霊代 (みたましろ)・依り代 (よりしろ) を擁した領域のこと。または、神代 (かみしろ) として自然環境を神体 (しんたい) とすること。
救世観音と預言書
賎機山は神奈備だったのですね。初めて知りました。複合神社三角陣封印結界を構成する神社に祭られている神々さまが集う聖域なのかもしれませんね。
賎機山の山頂には救世観音像 (ぐぜかんのんぞう) があります。ヒヨルコを祭る神社はどこにもないのですが、ヒヨルコの別名である観世音菩薩が賎機山には鎮座していたのです。それも救世観音として。
救世観音といえば、聖徳太子の秘仏として有名な法隆寺の救世観世音菩薩像があります。200年間公開されずに秘蔵されていた厳重な秘仏です。公開されたのが1884年の事でした。(注1)
聖徳太子といえば、「未然紀」と「未来記」ですね。両書が揃って世に出たのが1998年1月でした。これは、この世の終わりを示す最終カウントダウンが開始されたことを示しているのだそうです。(注2)
『日月神示』が世間で一般的に知られるようになったのも1990年代の頃の事です。そして、『アーリオーンメッセージ』が降ろされたのも1990年代です。
この頃から、神界や霊的世界で大きな動きが出始めていたのではないでしょうか?
注1:ウィキペディア - 救世観世音菩薩 より
注2:「未然紀」と「未来記」
別当寺
動画の書き起こしです。続きます。
静岡市内には渡来人の秦氏にゆかりのあるお寺がいくつもあります。そしてこれらのお寺はかつて静岡浅間神社の別当寺 (べっとうじ) でした。
神社とお寺が同じものだと考えられていた時代に神社で最も権力があったのは別当という役割でした。権限は宮司さんより上です。そして別当寺は神社を管理するためのお寺という意味です。
静岡浅間神社の別当は2つあります。まず一つ目は久能寺 (くのうじ) です。現在は鉄舟寺 (てっしゅうじ) という名前です。この久能とは、秦氏である久能忠仁 (くのうただひと) です。推古天皇の時代に久能山を開いたことが始まりでした。(注1)
京都の街を整備した秦氏は同じ時期に同じ一族が静岡において静岡という街を発展していたことになります。
そして静岡浅間神社の別当寺の2つ目は建穂 (たきょう) 神社です。建穂神社はもともと神社出身のお寺でした。神社がお寺になって明治時代の神仏分離令で本来のスタイルである神社に戻った。(注2)
建穂神社は、静岡の土地を開拓すると同時に建てられたくらい古い神社で、秦氏の信仰により建てられたと由来書きにあります。
注1:鉄舟寺
鉄舟寺
静岡県静岡市清水区にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は補陀落山。本尊は千手観音菩薩。
推古天皇の御代に秦氏の出身である久能忠仁が現在の久能山東照宮付近に建立した堂に始まり、その後奈良時代の僧行基が来山して久能寺と号したという(『久能寺縁起』)。
平安時代に入って天台宗に改められ、建穂寺と駿河を二分する勢いで栄えた。1570年 (永禄13年) 武田信玄が久能山に城を作る (久能城) ため現在地に移され、宗旨も変わり新義真言宗 (真言宗根来派) に属することになる。
注2:建穂神社・建穂寺
建穂神社
由来書より
天平年間秦氏族の信仰により建立された建穂寺が建穂神社の別当となり鎌倉時代には主客が転じて建穂神社を建穂寺の鎮守とするに至った。
こうして建穂寺は当神社を中心として堂塔を構えて盛大となり、今川・武田等より幾度か朱印状が贈られた。特に徳川時代に至り慶長七年十二月八日家康より四百八拾石六斗の朱印が建穂寺に与えられ学頭以外に廿一坊を有した。
明治元年神仏分離の令により仏堂伽藍は一切取除かれて建穂寺は廃寺となり社僧は復飾して建穂神社は本来の姿に帰り、明治六年第五大区四小区の郷社に列せられ、藁科五ヶ村四十部落が郷社区域となった。
建穂寺 (たきょうじ) とは静岡県静岡市葵区建穂にある真言宗の寺院である。山号は瑞祥山。建穂公民館の隣にある。本尊は千手観音で、秘仏であるが毎年8月に公開される。
駿河一国三十三観音第15番霊場。建穂寺創建は白鳳年間 (645~710年) とされる。
1870年 (明治3年) には火災で寺院の多くを焼失した。現在の観音堂は1975年 (昭和50年) に建穂町内会で寄付を募り、再建された。
なお、徳川家康から下賜された朱印状も飾ってある。御朱印は建穂町内会が持ち回りで管理されており、電話すると担当者が駆け付け押印し拝観が可能になる。
文化財は、不動明王立像が県指定文化財、市指定文化財が木造阿弥陀如来坐像、木造伝大日如来坐像、木造伝阿弥陀如来坐像である。そのほかに千手観音と二十八部衆が存在する。
千手観音菩薩
鉄舟寺と建穂神社 (寺) の御本尊は両方とも千手観音菩薩です。観音菩薩が古の神々を集めて進化した姿が十一面観音です。
そして、『みろくの世』となり、十一面観音の十二柱の神々さまと人々とが繋がり、八面六臂の働きをする姿を現しているのが千手観音です。
地上に、このような人々が数多現れた様子を表しているのが、蓮華王院 三十三間堂の千体の千手観音の姿です。そのように解釈しています。
3,000年前は、多くの人々がご自身の神々さまと繋がりを持っていたと言われています。しかし、悪霊が跋扈するようになると、この繋がりが閉ざされてしまったのです。
その後、神々さまとのつながりを持つためには特殊な修行が必要となったのです。ですが、霊界の悪霊たちが一掃されたこれからの時代には、再び人々が神々さまとの繋がりを持つ時代になるのです。
それが、いわゆるアセンションと言われているものの正体です。霊的世界と現実世界の両方に生きる霊的能力有する人となるのです。
養蚕地
動画の書き起こしです。続きます。
さらに秦氏が開拓したこの辺り一帯はかつて全国有数の養蚕地 (ようさんち) となっていました。現在にもその名残は地名としてあります。
建穂神社 (たきょう) 周辺には服織 (はたおり) や羽鳥 (はとり) という地名があり、秦氏や秦氏が伝えた養蚕の名残が今も見られています。
さらに浅間神社付近の通りには諸説ありますが、麻機街道 (あさばたかいどう) また静岡浅間神社で行われる甘会祭 (はつかえさい) で一番重要視されている稚児雅楽 (ちごかぐら) はもともと建穂神社で行われていた神事です。
行事のスタートは建穂神社です。この行事のポイントはなんといっても雅楽です。雅楽といえば、秦氏が大陸より伝え、後世では日本の古典芸能としても今の大切にされています。
そして、今も秦氏とのつながりが神事として残っています。また、最初の方で少し話の出た観阿弥 (かんなみ) が最後に能楽を演じた場所が静岡浅間神社。秦氏への奉納を意味していたのです。
藁科川
動画の書き起こしです。続きます。
静岡市葵区の藁科 (わらしながわ) 川には”木枯らしの森”という場所があります。実は”木枯らしの森”という名前がついていて秦氏が由来している場所がもう一箇所あります。(注1)
それが、京都の太秦 (うずまさ) です。太秦に平安時代位からあった森も”木枯らしの森”と呼ばれていたそうです。
さらに、秦氏が天皇家から譲り受けた太秦にある大酒 (おおさけ) 神社には”木枯らし神社”が一緒に祭られています。
京都の大酒神社といえば、秦氏を祭っているだけでなく、真の始皇帝や弓月君 (ゆづきのきみ) を祭っている秦氏所縁の神社として知られています。
静岡市の街は安倍川と藁科川が合流していますが、同じように京都では高野川と桂川が合流して鴨川になります。地形がそっくりなのです。(注2)(注3)
静岡市一帯はかつて養蚕の聖地でしたから、ここで養蚕した絹織物を京都へ運び天皇家へ献上していたということも考えられますね。
賎機山 (しずはたやま) の由来は秦氏から来ているそうです。賎機の機が秦を連想させます。
注1:木枯らしの森
注2:安倍川と藁科川
注3:高野川と桂川が合流して鴨川
静岡浅間神社の秘密
秦氏と静岡市には深い関りがあることが判明しました。これで、静岡市に複合神社三角陣封印結界がある理由も明らかになったのではないでしょうか?
八咫烏さんたちが仕組みを練り上げ、秦氏が資金を出して実現したのではないでしょうか?時が来れば、解く事の出来る有限の封印の仕掛けをこの街一体に施してあったのです。
動画の冒頭で、『静岡浅間神社はまさに歴史の表と裏も見ている神社。静岡と切っても切れない不思議な神社です』と語っています。
動画制作者は、静岡浅間神社の秘密を知っているように思えます。この動画が公開されたのが約半年前です。狐のお面の秦氏がネット上に現れたのは2031/6/21です。最近の事ですね。
八咫烏はその昔、とある暗号をこの国のどこかに仕掛けたそうです。いづれ、この暗号は解かれると予言されており、その時を千年以上も待ち続けているというのです。
八咫烏の仕掛けた暗号があるのが、静岡浅間神社であると観ています。いよいよ、この国の最重要機密が公にされる時が近づいているのかもしれません。(注1)
静岡浅間神社の秘密
注1:国家の最重要機密
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国家の最重要機密
この国家の最重要機密は、我々一般人が読み解く必要があるのです。この秘密を仕掛けた側が表ざたにするわけにはいかないのです。
かつての朝廷側と秦氏や八咫烏さんたちの間で交わされた契約があるのではないでしょうか?『ア-リオーン』のいう『三角に結んだ契り』です。
『三角に結んだ契り、345の有限の封印…真ん中で閉じよ、開く為』(注1)
ここでいう『三角に結んだ契り』とは、朝廷側の天孫系、天照大神に関係する八咫烏と秦氏系の天神系、そして古代出雲王国に繋がる八咫烏の地祇系の間で交わされた契約の事です。
三者の拮抗していた力関係の変動により、少しづつ天神系と地祇系から、これまで長い間隠されてきた情報の公開が成されているのです。
1990年代以降、聖徳太子の『未然記』や『未来記』、『日月神示』や『アーリオーン・メッセージ』などの預言書が表に出てきました。
また、最近では『アマテラスの暗号』により神宮 内宮 皇大神宮の天照大神の正体が明かされました。
今では、富士高天原王朝やウガヤフキアエズ王朝などの古代王朝に関する情報も動画で出されています。
また、秦氏に関する隠されていた情報がネット上に散見されます。三者の力関係が大きく変わりつつあるように見受けられます。
最重要国家機密の漏洩:別件ですが、近年では日本国の最重要国家機密が漏洩するという案件が発生しています。いづれ、八咫烏の暗号に関する件も明らかにされることでしょう。(注2)
注1:三者の契り
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注2:最重要国家機密の漏洩
【悲報】自衛隊の最重要機密事項流出する pic.twitter.com/neYLN7p9LR
— 🏖るんぱっぱ🍉@目指せM &M設立 (@manntinmon) 2015年5月15日
2つのカテゴリー
今回の記事で、一通り書き終わったかと思います。この一連の記事は、カテゴリー『宇迦之御魂神さまの課題 』とカテゴリー『宇迦之御魂大神さまの課題』として書いています。
この2つのカテゴリーに属する記事を最初から読まれると全体像がわかるかと思います。(注1)
今日の記事で47本目になります。この課題に取り組む前に、断食による禊をやらされています。水無し断食7日間を含む40日の断食1回と、水なし断食7日間を2回、合計54日間の断食行です。
まだ、7日分残されています。嫌な予感がします。まだ終わらないのでしょうか?
注1:2つのカテゴリー
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