ののの備忘録

『日月神示』の解読から始まる古の神々さまの封印解除と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。

日月神示用語集:神一厘の仕組み

 グリモワール

 

第一巻 上つ巻 第二十八帖(二八)

 

 世界中丸めて⦿の一つの王で治めるのぞ。それが⦿の世のやり方ぞ、百姓は百姓、鍛冶(かじ)は鍛冶と、今度は永遠に定まるのぞ、身魂の因縁によりて今度はハッキリと決まって動かん⦿の世とするのぞ、茄子の種には瓜はならんぞ、茄子の蔓に瓜をならすのは悪の仕組、今の世は皆それでないか。これで世が治まったら⦿はこの世に無いものざ。⦿と悪との力較べぞ。今度は悪の王も⦿の力にはどうしても叶わんと心から申す所まで、とことんまで行くのざから、悪も改心すれば助けて、善(よ)き方にまわしてやるぞ。⦿の国を千切りにして膾(なます)にする悪の仕組みはわかりておる、悪の神も元の⦿の神の仕組みを九分九厘までは知っていて、天地引っくり返る大戦(おおたたかい)となるのざ。残る一厘は誰も知らぬ所に仕掛けてあるが、この仕組、心で取りてくれよ、⦿も大切ざが、この世では臣民も大切ぞ。臣民この世の神ぞ、と言うて鼻高になると、ポキンと折れるぞ。七月の一日 ひつ九のか三。

 

第二巻 下つ巻 第四帖(四六)

 

 早く皆のものに知らしてくれよ、⦿急けるぞ。お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのに、まだ気がつかんか、それを見ても⦿が使ってさしておること、よくわかるであろうが、それで素直に⦿の申すこと聞いてくれて我(が)を出すなと申しているのぞ、何事も⦿にまかせて取越し苦労するなよ、我がなくてもならず、我があってもならず、今度の御用なかなか難しいぞ。

 五十九の石の宮出来たから、五十九の石身魂、いよいよ⦿が引き寄せるから、しっかりしておりて下されよ。今度の五十九の身魂は御苦労の身魂ぞ。人のようせん辛抱さして、生き変り死に変り修行さしておいた昔からの因縁の身魂のみざから、見事御用つとめ上げてくれよ。教会作るでないぞ、信者作るでないぞ。この仕組み、知らさなならず、知らしてもならんし、⦿もなかなかに苦しいぞ。世の元からの仕組みざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。七月の十三日、ひつくのか三

 

第二巻 下つ巻 第九帖(五一)

 

 今度の戦は⦿と〇との大戦(おおいくさ)ぞ。⦿様にもわからん仕組が世の元の神がなされているのざから、下(しも)の神々様にもわからんぞ。何が何だか誰もわからんようになって、どちらも丸潰れというところになりた折、大神の命(みこと)によりてこの方(ほう)らが神徳出して、九分九厘という所で、⦿の力がどんなにえらいものかということ知らして、悪の⦿も改心せなならんように仕組みてあるから、⦿の国は⦿の力で世界の親国(おやぐに)になるのぞ。⦿と〇とは心の中に「 ・ 」があるか「 ・ 」がないかの違いであるぞ。この方は三四五(みよいづ)の⦿とも現われるぞ。

 江戸の御社(みやしろ)は誰でも気楽に来て拝めるようにしておいてくれよ、この方の神示書く役員、神示うつす役員、神示説いてきかす役員要るぞ、役員は人の後について便所を掃除するだけの心がけないとつとまらんぞ、役員づらしたら、すぐ替え身魂使うぞ。七月の十七日、一二のか三。

 

第二巻 下つ巻 第二十一帖(六三)

 

  ・ ばかりでもならぬ〇ばかりでもならぬ。⦿がまことの⦿の元の国の姿ぞ。元の⦿の国の臣民は⦿であったが、 ・  が⦿国に残り、〇が外国で栄えて、どちらも片輪となったのぞ。 ・ もかたわ、〇もかたわ、 ・ と〇とを合わせてまことの⦿の世に致すぞ。今の戦は ・ と〇との戦ぞ。⦿の最後の仕組みと申すのは、〇に ・ 入れる事ぞ。〇も五ざ、 ・ も五ぞ、どちらもこのままでは立ちて行かんのぞ。一厘の仕組みとは〇に⦿の国の  ・ を入れることぞ。よく心にたたみておいてくれよ。⦿は十柱、五十九柱のからだ持ちているぞ。五十と九柱のみたまの⦿⦿(かみがみ)様お待ちかねであるから、早う参りてくれよ。今度の御役大層であるが、末代に残る結構なお役であるぞ。七月二十四日、一二のか三。

 

第二巻 下つ巻 第二十三帖(六五)

 

 世が引っ繰り返って元の神世に返るということは、⦿⦿(かみがみ)様にはわかっておれど、世界ところどころにそのこと知らせ告げる神柱(かみはしら)あるなれど、最後のことはこの⦿でないとわからんぞ。この方は天地をキレイに掃除して、天の大神様に御目にかけねば済まん御役であるから、⦿の国の臣民は⦿の申すようにして、天地を掃除して、てんし様に奉らなならん御役ぞ。

 江戸に⦿早う祀りてくれよ。仕組みどおりにさすのであるから、臣民我を去りてくれよ。この方祀るのは天のひつくの家ぞ。祀りて秋立ちたら、⦿いよいよ烈しく、臣民の性来(しょうらい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ、神急せけるぞ。七月の三十日、ひつくのか三

 

第六巻 日月の巻 第三十六帖(二〇九)

 

  今の臣民見て褒(ほ)めるようなことは、皆奥知れているぞ。これが善である、まことのやり方ぞと思っていること、九分九厘までは皆悪のやり方ぞ。今の世のやり方見ればわかるであろうが、上の番頭殿 悪い政治すると思ってやっているのではないぞ。番頭殿を悪く申すでないぞ。善い政治しようと思ってやっているのぞ。善いと思うことに精出しているのざが、善だと思うことが善でなく、皆悪ざから、⦿の道がわからんから、身魂(みたま)曇りているから、臣民困るような政治になるのぞ。まつりごとせなならんぞ。わからんことも神の申す通りすれば、自分ではわからんこともよくなっていくのざぞ。悪と思っていることに善がたくさんあるのざぞ。人裁くのは⦿裁くことざぞ。怖いから改心するようなことでは、戦がどうなるかと申すようなことではまことの民ではないぞ。世がいよいよのとことんとなったから、今に大神様まで悪く申すもの出て来るぞ。産土(うぶすな)様なんぞあるものかと、悪神ばかりぞと申す者たくさん出てくるぞ。この世始まってない時ざから、我が身我が家(いえ)が可愛いようでは⦿の御用つとまらんぞ。⦿の御用すれば、道に従えば、我が身我が家は心配なくなるという道理わからんか。何もかも結構なことに楽にしてやるのざから、心配せずにわからんことも素直にいうこと聞いてくれよ。子に嘘ゆく親はないのざぞ。

 神界のこと知らぬ臣民は、いろいろと申して理屈の悪魔に囚われて申すが、今度のいよいよの仕組は臣民の知りたことではないぞ。神界の神々様にもわからん仕組ざから、とやかく申さずと、⦿の神示肝に入れて、身魂磨いて素直に聞いてくれよ。それが第一等ざぞ。

 この神示は世に出ている人では解けん。苦労に苦労したおちぶれた人で、苦労に負けぬ人で気狂いと言われ、阿呆といわれても、神の道素直に聞く臣民でないと解けんぞ。解いてよく噛み砕いて世に出ている人に知らしてやりて下されよ。苦労喜ぶ心より、楽喜ぶ心高いぞ。十一月十九日、一二⦿。

 

第四巻 天つ巻 第四帖(一一一)

 

 この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのざぞ、あちこちに人身(じんしん)の肉体かりて予言する⦿が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りておれども、とどめの最後はわからんから、この方に従いて御用せよと申しているのぞ。砂糖にたかる蟻となるなよ。

 百人千人の改心なれば、どんなにでも出来るなれど、今度は世界中、神々様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチョロコイことではないのざぞ。ぶち壊し出来ても立て直しわかるまいがな。火と水で岩戸開くぞ、知恵や学でやると、グレンとひっくり返ると申しておいたが、そう言えば智慧や学は要らんと臣民早合点するが、智慧や学も要るのざぞ。悪も御役であるぞ、この道理よく肝(はら)に入れて下されよ。 

 天の⦿様、地に御降(おんお)りなされて、今度の大層な岩戸開きの指図なされるのざぞ、国々の⦿⦿(かみがみ)様、産土(うぶすな)様、力ある⦿⦿様にも御苦労になっているのざぞ。天照皇太神宮(てんしょうこうたいじんぐう)様初め神々様、篤(あつ)く祀りてくれと申してきかしてあろがな、⦿も仏(ほとけ)もキリストも元は一つぞよ。八月三十一日、ひつ九の⦿。

 

第九巻 キの巻 第十三帖(二七〇)

 

 世に落ちておいでなさる御方(おんかた )、御一方(おんひとかた )、竜宮の乙姫殿、御守護あそばすぞ、この方(ほう)、天晴(あっぱ)れ表(おもて)に現れるぞ、これからは神徳(しんとく)もらわんと一寸先えも行けんことになったぞ、御用さしてくれと申しても、メグリある金(かね)は御用にならんぞ、メグリになるのぞ。

 自分の物と思うのが天の賊(ぞく)ぞ、これまで世に出ておいでになる守護神、九分九厘まで 天の賊ぞ。偉い人 愈々とんでもないことになるぞ、捕らわれるぞ、痛い目にあわされるぞ、今に目覚(さ)めるなれどその時では遅い遅い。おかみも一時は無くなるのぞ、一人一人何でも出来るようになりておりてくれと申してあること近うなりたぞ、

 火の大⦿(おおかみ)気付けてくれよ、どえらいことになるぞ。一厘のことは言わねばならず、言うてはならず、心と心で知らしたいなれど、心でとりて下されよ、よく神示読んでさとりてくれよ、⦿たのむのざぞ。三月十六日、ひつ九ノか三。

 

第十巻 水の巻 第十一帖(二八五)

 

 ⦿(かみ)第一とすれば⦿となり、悪魔第一とすれば悪魔となるぞ。何事も⦿第一結構。カイの言霊(かえし)キざぞ。キが元ぞと知らしてあろが、カイの御用にかかりてくれよ。何という結構なことであったかと、始めは苦しいなれど、皆が喜ぶようになって来るのざぞ。先楽しみに苦しめよ。ギュウギュウと、締つけて、目の玉飛び出ることあるのざぞ、そこまでに曇りているのざぞ、はげしく洗濯するぞ。可愛い子、谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、いよいよ神が表に現われて⦿の国に手柄立てさすぞ、神国(かみくに)光り輝くぞ。

 日本にはまだまだ何事あるかわからんぞ。早く一人でも多く知らしてやれよ。魂(たま)磨けば磨いただけ先が見え透(す)くぞ。先見える神徳(しんとく)与えるぞ。いくら偉い役人頑張りても、今までのことは何も役に立たんぞ。新しき光の世となるのぞ。古きもの脱ぎすてよと申してあろがな。まこと心になりたならば、自分でもわからんほどの結構出て来るぞ。手柄立てさすぞ。いくら我(が)張りても我では通らんぞ。我折りて素直になりて下されよ、これでよいということないぞ。いくらつとめてもつとめても、これでよいということはないのざぞ。神の一厘の仕組みわかりたら世界一列一平(いちれついったいら)になるぞ。枡(ます)かけ引いて、世界の臣民人民、勇みに勇むぞ。勇むことこの方嬉しきぞ。富士はいつ爆発するのぞ、どこへ逃げたら助かるのぞという心 我(わ)れ善(よ)しぞ。どこにいても救う者は救うと申してあろが。悪き待つキは悪魔のキざぞ。結構が結構生むのざぞ。六月十一日。

 

第十二巻 夜明けの巻 第五帖(三二五)

 

 何もかも神示読めばわかるようになっていること忘れるでないぞ、この仕組言うてならず、言わねばわからんであろうなれど、神示読めば因縁だけにわかるのざぞ。石、物言う時来たぞ。山にも野にも川にも神まつれと申してあること、忘れるでないぞ、型せと申してあろうが、いずれも仮ざから、三千世界の大洗濯ざから、早う型してくれよ。型結構ぞ。何もかも⦿人(かみひと)共にするのざぞ。夜明けたら、何もかもはっきりするぞ、夜明け来たぞ。鳥立てよ。七月二十九日、アメの一二のか三神示書(しょ)。

 

第十三巻 雨の巻 第十五帖(三四九)

 

 四八音(ヨハネ)世に出るぞ、五十音(イソネ)の六十音(ムソネ)と現われるぞ、用意なされよ。それまでにさっぱり変えてしもうぞ、天も変るぞ地(つち)も変るぞ。この方等(ほうら)が世立て直すと申しても、この方等が世に出て威張(いば)るのでないぞ、世立て直して世は臣民に任せてこの方等は隠居ぢゃ、隠れ身ぢゃぞ。地から世持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ、(子供よ、)苦しい親の心よく汲み取りてくれよ。この神示読まいでやれるならやりてみよれ、彼方(あちら)でコツン、此方(こちら)でくずれぢゃ、大事な仕組早う申せば邪魔入るし、申さいではわからんし、何にしても素直に致すが一番の近道ざぞ、素直になれんのは小才(こさい)があるからざぞ。鼻高ぢゃからざぞ。

 ⦿の国は神の⦿のやり方あると申してあろうがな、善きは取り入れ、悪きは捨てて、皆気つけ合って⦿の国は⦿の国ぢゃぞ、金は金ぢゃ、銀は銀ぢゃぞと申してあろがな、盲ならんぞ、カイの御用もオワリの仕組も、何もかも裏表あるのざぞ、裏と表の外(ほか)に裏表あるぞ、ウオヱであるぞ、アとヤとワざぞ、三つあるから道ざぞ。

 神前に向って大きく気を吸い、肚に入れて、下座(しもざ)に向って吐き出せよ、八度(やたび)繰り返せよ、⦿のキ頂くのざぞ、キとミとの合いの霊気頂くのざぞ。一二三(ヒフミ)がヨハネとなり五十連(イスラ)と成りなって十二の流れとなるのざぞ、ムがウになるぞ、ンになるぞ、ヤとワと掘り出して十二の流れ結構ざぞ。知らしてあろうがな、これまでの考え方やり方致すなら立て替えではないぞ、何も彼も上中下(うえなかしも)すっかりと立て替えるのざぞ、外国は龍宮の乙姫様、グレンと引っくり返しなさるのざぞ、龍宮の乙姫様、雨の神様の御(おん)活動烈(はげ)しきぞ。今度次の大層が出て来たらいよいよざぞ。最後のとどめざぞ、今度こそ猶予(ゆうよ)ならんのざぞ、キリキリであるから用意なされよ、三、四月気つけよ、キ切れるぞ。

 信心なき者ドシドシ取り替えるぞ、この中、誠一つに清め下されよ、天明まだまだざぞ、世の元の型まだまだざぞ、⦿の仕組成就せんぞ、⦿人共にと申してあろがな、⦿厳しきぞ、ぬらりくらりぬるくって厳しきぞと申してあろうがな。役員多くなくても心揃えて胴すえておりて下されよ、⦿がするのであるから、この世に足場作りておりて下されよ、⦿無理申さんぞと申してあろうがな、けれどもちっとも気許しならんのざぞ。身魂相当に皆させてあろうがな、掃除早うせよ、己の戦まだ済んでいないであろうが、洗濯掃除早う結構ぞ。

 この方の神示元とわかりながら他(た)の教えでこの道開かんとて開けはせんのざぞ、鏡曇っているから曲って写るのざぞ、一人の改心ではまだまだぞ、一家揃って皆改心して手引き合ってやれよ、外国人も日本人もないのざぞ、外国外国と隔(へだ)て心(ごころ)悪ぢゃぞ。十二月十九日、一二⦿。

 

第十四巻 風の巻 第八帖(三五九 )

 

 世界自在に分け獲(ど)りしていた⦿⦿様、早う改心第一ぞ。一つの王で治めるぞ。てんし様とは天地様のことざと申してあろうがな、この方シチニの⦿と現われるぞと申してあろうがな、てん二様のことざぞ。

 行(ぎょう)なしではマコトのことわからんぞ、出来はせんぞ、⦿の道無理ないなれど、行は誰によらずせなならんぞ。この方さえ三千年の行したぞ、人民には一日(ひとひ)も、ようせん行の三千年、相当のものざぞ。 

 海にはどんな宝でも竜宮の乙姫殿 持ちなされているのざぞ、この世の宝皆この方つくりたのざぞ、⦿の道無理ないと申して楽な道でないぞ、もうこれでよいということない道ざぞ。日本の人民も、渡りて来た人民も、世持ちあらした神々様も人民も、世界の人民 皆思い違うぞ、九分九分九厘と一厘とで、物事成就するのざぞよ。

 世をもたれん天地の大泥棒をこの世の大将と思っていて、それでまだ眼覚めんのか、よく曇りなされたなあ、立て替えは今日の日の間にも出来るなれど、あとの立て直しの世直し中々ざから、人民に少しは用意出来んと、遅くなるばかりぢゃ、それでカタ出せ出せと申しているのぢゃぞ。あれこれとあまり穢(けが)れている腸(はらわた)ばかりぢゃから、一度に引出して、日に干(ほ)してからでないと、洗濯出来ん様になりて御座るぞ。日干しこばれん人民あるから、今のうちから気付けているのぢゃぞ。けんびき痛いぞ、あまりにも狂うて御座るぞ。元の根本の世より、も一つキの世にせなならんのざから、⦿⦿様にも見当取れんのぢゃ、元の生⦿でないと、今度の御用出来んぞ。二月十六日、ひつ九の⦿。

 

第二十巻 梅の巻 第九帖(四三六)

 

 肉体がこの世では大切であるから、肉体を傷つけたら苦しめたら、その守護神は、それだけのメグリ負うのざぞ、霊々と申して肉体苦しめてはならんぞ、今の人民とっておきのマコトの智ないから、持っている智を皆出してしまうから、上面(うわべ)ばかり飾りて立派に見せようとしているから、いざと言う時には間に合わんのぢゃ、上面しか見えんから、マコトのことわからんから、⦿の言うことわからんのも道理ぢゃなあ。
 立て直しの仕組、立派に出来ているから心配いたすでないぞ、立て替え延ばしに延ばしている⦿の心わからんから、あまり延ばしては丸潰れに、悪のワナに落ちるから、艮(とど)めの一厘の蓋(ふた)開けるから、目開けておれんことになるぞ、早う知らせる人民には知らしてやれよ、まず七人に知らせと申してあろがな。ひつ九のか三。

 

第二十二巻 青葉の巻 第十帖(四七九)

 

 善き⦿(かみ)には善き御用、悪き⦿には悪き御用、自分で自分がつとめ上げるのぢゃ、人になんと言われても腹の立つようでは御用難しいぞ、腹立つのは慢心からぢゃと申してあろうがな。仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ、そこに一厘の仕組、火水(かみ)の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ。仕組変わり変わりて人民にはわからんなり、善き世と致すのぢゃ、いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、智捨てて⦿にすがりて来ねばわからん仕組ぢゃ、と言うて人間世界は人間の智いるのぢゃ、智でない智を⦿が与えるぞ、⦿人共にと申してあろうがな、つとめ上げたら他にない結構な御用。八月三日、ひつ九⦿。

 

第二十三巻 海の巻 第十五帖(五〇七)

 

 学や智や金(きん)がチラチラ出るようでは、マコトが磨けてはおらんのぢゃ、今の法律でも、教育でも、兵隊でも、宗教でも、この世は立て直らんぞ、新しき光が生れて世を救うのぢゃ、新しき光とはこの神示ぢゃ、この⦿ぢゃ。七つの花が八つに咲くぞ、この神示八通りに読めるのぢゃ、七通りまでは今の人民さんでも何とかわかるなれど、八通り目はなかなかぞ。一厘が隠してあるのぢゃ、隠したものは現われるのぢゃ、現われているのぢゃ。何でもないことがなかなかのことぢゃ、わかりたか。八月二十三日、一二⦿。

 

第二十四巻 黄金の巻 第二十三帖(五三四)

 

 この神示読むとミタマ磨けるぞミガケルぞ。神示読むと改心出来るぞ。暮し向きも無理なく結構に弥栄(やさか)、弥栄(いやさか)えるぞ。まだわからんのか。苦しいのは神示読まんからぢゃ。金の世済みて、黄金(こがね)の世来るぞ。三年目、五年目、七年目ぢゃ、心得なされよ。欲しいもの欲しい時食べよ。低うなるから流れて来るのぢゃ。高うなって天狗ではならん道理。頭下げると流れ来るぞ。喜び、愛から来るぞ。神様も神様を拝み、神の道を聞くのであるぞ。それは⦿と@1と@2とによって自分のものとなるのぢゃ。融けるのぢゃ。一つ境があるぞ。世界の人民一人一柱護(はしらまもり)の神つけてあるぞ。人に説くには人がいるぞ。役員取違いしているぞ。我れ善し信仰だからぞ。あまり大き過ぎるからわからんのも道理ながら、わからんでは済まん時来ているぞ。いざという時は日頃の真心もの言うぞ。付け焼刃(やきば)は付け焼刃。神拝むとは、頭ばかり下げることでないぞ。内の生活することぞ。内外共でなくてはならん。残る一厘は悪の中に隠してあるぞ。かのととり。一二十

@1:右巻の渦

@2:左巻の渦

 

第二十五巻 白銀の巻 第一帖(六一二)

 

 天地の理(ことわり)書き知らすぞ。」この巻「しろかね」の巻。天国ぢゃ、霊国ぢゃ、地獄ぢゃ、浄土ぢゃ、穢土(えど)ぢゃと申しているが、そんな分け隔(へだ)てはないのであるぞ。時、所、位に応じて色々に説き聞かせてあるのぢゃが、時節到来したので、まことの天地の理(ことわり)を書き知らすぞ。三千の世界の中の一つがそなたちの世界であるぞ。この世もまた三千に分れ、さらに五千に分れているぞ。この方(ほう)五千の山に祀れと申してあろう。今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。人民のタネによっては七つしか分からんのであるぞ。日の光を七つと思うているが八であり、九であり、十であるぞ。人民では六つか七つにしか分けられまいが。「イワトがひらけるとさらに九、十となるぞ。隠してある一厘の仕組九十の経綸、成就した暁(あかつき)には何もかもわかる」と申してあろうが。八つの世界とは(△、△、▽、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、と考えてよいのぢゃ。キとは気の気であるぞ。その他に逆の力があるぞ。九と十であるぞ。その上にまた霊の霊の個から始まっているのであるが、それはムの世界、無限の世界と心得よ。霊界に入って行けば、その一部は知れるなれど、皆直(ただ)ちにはわからないのであるぞ。わからんことはわからんと、わからねばならんと申してあろうがな。天、息吹けば、地、息吹くと申してあろう。このことよくわきまえよ。地の規則、天の規則となることあると申して知らしてあろう。この大切こと忘れるでないぞ。想いの世界が天ぞ。肉の世界が地ぞ。想いは肉体と一つぞ。二つぞ。三つぞ。想い起って肉体動くぞ。肉体動いて想い動くこともあるぞ。生れ赤児(あかご)の心になって聞いて下されよ。何もかも、ハッキリ写るぞ。陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考えているなれど、タカミムスヒとカミムスヒと考えているなれど、別のミナカヌシ、現われるぞ。⦿、@、@、@、〇+、〇+、@+、@+、逆卍、卍、+、+、よく見て下されよ。一であり、二であり、三であろうがな。三が道と申してあろう。陰陽二元でないぞ。三元ぞ。三つであるぞ。 ・ なくてはならん。 ・ にも隠れた ・ と現われた ・ とがあるぞ。このことまず心得て下されよ。そなたたちは父と母と二人から生れ出たのか。そうではあるまいがな。三人から生れ出ていることわかるであろうがな。どの世界にも人が住んでいるのであるぞ。⦿の中に⦿があり、その中にまた⦿があり、限りないのざと知らせてあろうがな。そなたたちの中にまた人がいて限りないのぢゃ。この方人民の中にいると知らしてあろうがな。そなたたちも八人、十人の人によって生きているのぞ。また十二人でもあるぞ。守護神と申すのは心のそなたたちのことであるが、だんだん変るのであるぞ。自分と自分と和合せよと申すのは、八人十人のそなたたちが和合することぞ。それを改心と申すのざぞ。和合した姿を善と申すのぢゃ。今までの宗教は肉体を悪と申し、心を善と申して、肉体をおろそかにしていたが、それが間違いであること合点(がてん)か。一切が善いのぢゃということ合点か。地獄ないこと合点か。悪抱き参らせよと申してあること、これで合点か。合点ぢゃナア。各々(おのおの)の世界の人がその世界の神であるぞ。この世ではそなたたちが神であるぞ。あの世では、そなたたちの心を肉体としての人がいるのであるぞ。それがカミと申しているものぞ。あの世の人をこの世から見ると神であるが、その上から見ると人であるぞ。あの世の上の世では神の心を肉体として神がいますのであって限りないのであるぞ。裏から申せば、神様の神様は人間様ぢゃ。心の守護神は肉体ぢゃと申してあろうがな。肉体が心を守っているのであるが、ぢゃと申して肉体が主人顔してはならんぞ。何処(どこ)までも下に従うのぢゃ。順乱すと悪となるぞ。生れ赤児踏み越え、生れ赤児になって聞いて下されよ。そなたたちの本尊は八枚十枚の衣(ころも)着ているのぢゃ。死ということは、その衣、上から脱ぐことぢゃ。脱ぐと中から出て来てまた八枚十枚の衣つけるようになっているのぢゃ。わかるように申しているのぢゃぞ。取違いせんようにせよ。天から気が地に降って、ものが生命し、その地の生命の気がまた天に反映するのであるが、まだまだ地には凸凹あるから、気が天に還らずに横に逸(そ)れることあるぞ。その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。地獄でないぞ。(十二月十四日)

 

第二十九巻 秋の巻 第二十八帖(七六九)

 

 霊はモノにつくと申してあろう。祓いするときはモノにつけて、モノと共にせよ。共に祓えよ。これほどマコト申しても、残る一厘はいよいよのギリギリでないと申さんから、疑うのも無理ないなれど、見て御座れよ。神の仕組見事成就いたすぞ。一厘のことは知らされんぞと申してあろう。申すと仕組成就せんなり。知らさんので、改心遅れるなり、心の心で取りて下されよ。肉体は霊の衣と申してあろう。衣が霊を自由にしてはならんぞ。衣には衣の約束あるぞ。衣ぢゃと申して粗末してはならん。何れも神の現れであるぞ。内には内の内があり、外には外の外があるぞ。人ほめよ。人ほめることは己ほめることぞ。この巻、秋の巻。四月十一日、ひつく神。

 

五十黙示録 第五巻 極め之巻 第一帖

 

 宇都志(うつし)水に天津(あまつ)水添え奉(たてまつ)らむを。夕陽(ゆうひ)より朝日照るまで太祝詞(うとのりと)せむ。火結神(ほむすび)の陰(みほと)焼かれて岩戸閉ざしき。世界を一つにするのであるから王は一人でよいぞ、動きは二つ三つとなるのぢゃ、キはキのうごき、ミはミのうごき、動いて和してキミと動くのぢゃ。三が道ぞと知らしてあろう、自他の境界つくるでないぞ、自(おの)ずから自他の別と和が生れてお互に折り重なって栄えるのぢゃ、世界一家への歩み方、やり方間違えるでないぞ。九分九厘まで進まねば後の一厘はわからん、今が九分九厘であるぞ、日本は日本、世界は世界、日本は世界のカタ国、自ずから相違あるぞ。

 

五十黙示録 第五巻 極め之巻 第十一帖

 

 陽(ひ)あたりのことと、陽かげのことと一時に出て来るのぢゃ、立て壊しと立て直しが一時にくるのぢゃ、神の申した通りになって居ろうがな、学で説くと学の鬼に囚われるぞ、智で説くと智の、理で解くと理の鬼に囚われる、このままに伝えて下されよ。天の世界も潰してはならん、地の世界も潰すわけには参らんが、地上のことは立て直し難しいなれど、見て御座れよ、一厘の火水(ひみつ)でデングリ返して、見ことなことを御目(おめ)にかけるぞ。

 

五十黙示録 第六巻 至恩之巻 第十六帖

 

 太陽は十の星を従えるぞ、原子も同様であるぞ。物質が変るのであるぞ、人民の学問や智ではわからんことであるから早う改心第一ぞ、二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の神宝(かむだから)に ・ を入れることであるぞ、これが一厘の仕組。二二となるであろう、これが富士の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、成り成りあまるナルトの仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ、これがわかりたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ。一方的に一神でモノを生むこと出来るのであるが、それでは終りは完うできん、九分九厘で厘止まりぞ、神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。用意はよいか。このこと大切ごと、気つけおくぞ。成り成りて十と開き、二十二となるぞ、富士晴れるぞ、大真理世に出るぞ、新しき太陽が生れるのであるぞ。

 

参考図書

完訳 日月神示

岡本 天明 著 中矢 伸一 監修

ヒカルランド

 

https://m.media-amazon.com/images/I/810hduixizL._AC_UL320_.jpg

 

無料アクセスカウンター無料アクセスカウンター

ブログランキングに参加しています。記事を気に入ってくださいましたら、「ポチッ」とお願い致します。皆さまの応援が励みになります。

人気ブログランキングでフォロー

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ