ののの備忘録

『日月神示』の解読から始まる古の神々さまの封印解除と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。

日月神示用語集:天津日嗣皇尊大神・王の王

 グリモワール

 

天津日嗣皇尊大神

第五巻 地つ巻 第十一帖 (一四八)

 

 世界丸めて一つの国にするぞと申してあるが、国はそれぞれの色の違う臣民によりて一つ一つの国作らすぞ。その心々によりて、それぞれの教作らすのぞ。旧(ふる)きものまかりて、また新しくなるのぞ、その心々の国と申すは、心々の国であるぞ、一つの王で治めるのざぞ。天津日嗣(あまつひつぎ)の皇子(みこ)様が世界中照らすのぞ。地(くに)のひつきの御役(おんやく)も大切の御役ぞ。

 道とは三つの道が一つになることぞ、満ち満つことぞ、元の昔に返すのざぞ、修理個成(つくりかため)の終りの仕組ぞ、終わりは始めぞ、始は一(ひ:霊)ぞ、富士、都(みやこ)となるのざぞ、幽界(がいこく)行きは外国行きぞ。⦿の国、光りて目あけて見れんことになるのざぞ、臣民の身体からも光が出るのざぞ、その光によりて、その御役、位(くらい)、わかるのざから、ミロクの世となりたら何もかもハッキリして嬉し嬉しの世となるのぞ、今の文明なくなるのでないぞ、魂(たま)入れて、いよいよ光りて来るのぞ、手握りて草木も四(よ)つ足もみな歌うこととなるのぞ、御光(みひかり)にみな集まりて来るのざぞ、てんし様の御光は⦿の光であるのざぞ。九月二十と一日、一二か三。

てんし様 = 天津日嗣の皇子

第十二巻 夜明けの巻 第九帖(三二九)

 

 てんし様まつれと申してあろうが。天津日嗣皇尊大神様(あまつひつぎすめらみことおおかみさま)とまつり奉(たてまつ)れ。奥山には御社(みやしろ)造りて、斎(いつ)き奉(まつ)れ。皆の家(うち)にも祀れ。天津日嗣皇尊弥栄(やさか)ましませ、弥栄(いやさか)ましませと拝(おろが)めよ。拝み奉(まつ)れ、天照皇大神(あまてらすすめらかみ)様、天照大神(あまてらすおおかみ)様、月の大神様、スサナルの大神様、大国主(おおくにぬし)の大神様も篤(あつ)く祀り讃えよ。奥山の前の富士に産土(うぶすな)の大神様祀れよ、宮いるぞ。清めて祀れよ、霊(タマ)の宮はその前横に移せよ。奥の富士に国常立大神(くにとこたちおおかみ)、豊雲野大神(とよくもぬおおかみ)祀る日近うなりたぞ。宮の扉あけておけよ。臣民の住居(すまい)も同様ぞ。大難小難にまつり変えて下されとお願いするのざぞ。取り違い、お詫び申せよ、楽にしてやるぞ。天の異変気つけよ。八月の五日、アメのひつ九のか三。

てんし様 = 天津日嗣皇尊大神

天照皇大神

天照大神

月の大神

スサナルの大神

大国主の大神

産土の大神

国常立大神

豊雲野大神

第十二巻 夜明けの巻 第十帖 (三三〇)

 元津大神(もとつおおかみ)、心の中で唱え奉(まつ)り、スメラミコト唱え、次に声高く天津日嗣皇尊大神(アマツヒツギスメラミコトオオカミ)唱え、天(アメ)の月(ツキ)の大神唱え奉れ。霊(タマ)の宮は、カムナガラ祝詞でよいぞ。(一二三(ひふみ)祝詞もよいぞ。)今までのシメはこの方等(ほうら)シメて、悪の自由にする逆のシメざから、シメ張るなら、元のシメ、誠のシメ張れよ。七五三は逆さぞ。三五七ざぞ。天地(てんち)の息吹ぞ。波の律(りつ)ぞ。風の律ぞ。神々様の御(おん)息吹の律(なみ)ざぞ。八月の六日、アメのひつ九のカ三。

元津大神 = 元の元の元の大神

スメラミコト = 天皇陛下

天津日嗣皇尊大神 = てんし様

天の月の大神

第十二巻 夜明け巻 第十四帖 (三三三)

 

 あら楽し、すがすがし、世は朝晴れたり、昼晴れたり、夜(よ)も晴れたり。あらたのし、すがすがし、世は岩戸明けたり、待ちに待ちし岩戸開けたり。

 この神示の臣民と言うても、人間界ばかりでないぞ。神界幽界のことも言うて知らしてあると申してあろが。(取違い慢心一等恐いと申してあろうが。)祭典(まつり)、国民服、もんぺでもよいぞ。天明まつりの真似するでないぞ。役員まつりせい。何も言うでないぞ。言うてよい時は知らすぞよ、わかりたか。

 仕える者無き宮、産土様の横下にいくら祀ってもよいぞ。天明は祈れ祈れ。天に祈れ、地に祈れ、引潮の時引けよ。満潮の時進めよ。大難小難にと役員も祈れよ。口先ばかりでなく、誠祈れよ。祈らなならんぞ。口先ばかりでは悪となるぞ。わかりたか。

 今度は借銭(しゃくせん)無しになるまでやめんから、誰によらず借銭無くなるまで苦し行せなならんぞ、借銭無しでないと、お地(つち)の上には住めんことに今度はなるぞ。イシの人と、キの人と、ヒの人と、ミヅの人と、できるぞ。今にチリチリバラバラに一時(いちじ)はなるのであるから、その覚悟よいか。毎度知らしてあること忘れるなよ。

 神示腹の腹底(はらぞこ)まで沁(し)むまで読んで下されよ。⦿頼むぞ。悟った方神示とけよ。説いて聞かせよ。役員 皆説けよ。信ずる者皆に掃除知らしてやれよ。神示読んで嬉しかったら知らしてやれと申してあろうが。天明は神示書かす役ぞ。阿保(あほ)になれと申してあるが、まだまだぞ、役員気つけてくれよ。

 神示の代りにミミに知らすと申してある時来たぞ。いよいよの時ぞ。神示で知らすことの始めは済みたぞ。ミミ掃除せよ。ミミに知らすぞ。ミミに聞かすぞ、聞かな聞くようにして知らすぞ。辛いなれど、我慢せよ。ゆめゆめ利功(りこう)出すでないぞ、わかりたか。百姓にもなれ、大工にもなれ、絵描きにもなれ。何にでもなれるようにしてあるでないか。役員も同様ぞ。

 まどいつくるでないぞ、金とるでないぞ。⦿に供えられたものはみな分けて、喜ばしてやれと申してあろうが。この方、喜ぶこと好きぞ、好きのこと栄えるぞ。弥栄(いやさか)えるぞ。信者つくるでないぞ。道は伝えなならんぞ。取違えせんように、慢心せんように、生れ赤児(あかご)の心で神示読めよ。神示戴けよ。日本の臣民皆勇むよう祈りてくれよ。世界の人民皆喜ぶ世が来るよう祈りてくれよ、てんし様祀れよ。ミコトにまつろえよ。このこと出来れば、他に何もわからんでも峠越せるぞ。御民生命(みたみいのち)捨てて生命(いのち)に生きよ。

 鳥鳴く声す、夢さませ、見よ明け渡る東(ひむかし)を、空色晴れて、沖つ辺(へ)に、千船(ちふね)行きかう靄(もや)の裡(うち)。

 いろはにほへと、ちりぬるを。わかよたれそ、つねならむ、ういのおくやま、けふこえて、あさきゆめみし、ゑひもせすん。

 アオウエイ、カコクケキ、サソスセシ、タトツテチ、ナノヌネニ、ハホフヘヒ、マモムメミ、ヤヨユエイ、ラロルレリ、ワヲウヱヰ。  

 アイウエオ、ヤイユエヨ、ワヰヱヲ、カキクケコ、サシスセソ、タチツテト、ナニヌネノ、ハヒフヘホ、マミムメモ、ヤイユエヨ、ラリルレロ、ワヰウヱヲ、五十九柱ぞ。

 この巻「夜明けの巻」とせよ。この十二の巻よく肝(はら)に入れておけば何でもわかるぞ。無事に峠越せるぞ。わからんことは自分で伺えよ。それぞれに取れるぞ。天津日嗣皇尊(アマツヒツギスメラミコト)弥栄(やさか)弥栄(いやさか)。あら楽(たの)し、あら楽(たの)し、あなさやけ、あなさやけ、おけ。

 一二三四五六七八九十百千卍(ヒフミヨイツムナナヤココノタリモモチヨロズ)。

 秋満つ日に、アメのひつ九か三。しるす。

 

第二十巻 梅の巻 第二十一帖(四四八)

 

 身欲信心(みよくしんじん)スコタンばかり、天津日嗣(あめつひつぎ)の御位(みくらい)は幾千代(いくちよ)かけて変らんぞ、日の大神、月の大神、地(つち)の大神様、御血筋弥栄(おんちすじいやさか)々々ぞ。日本の人民アフンとするぞ、皆それぞれの所縁(ゆかり)の集団(まどい)に入れよ、神示一二三(ひふみ)となるぞ、天明は絵描きとなれ、絵描(か)いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。今度は耶蘇(やそ)も仏(ぶつ)も何もかも生かさなならんのぞ。早くからこの方の元へ来ていても因縁あっても肝腎がわからんと後戻りばかりぢゃぞ、肝腎肝腎ぢゃ、学もよいが、それはそれのようなものぢゃぞ、途中からの⦿は途中からの⦿、途中からの教(おしえ)は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの⦿でないとわからんぞ、出来はせんぞ、生れ赤児の心とは、途中からの心、教(おしえ)、すっかり捨ててしまえへということざぞ。十二月十四日、ひつ九の⦿。

 

王の王

第十三巻 雨の巻 第十七帖 (三五一)

 

 天地の先祖、元の神のてんし様が王の王と現われなさるぞ、王の王はタマで御(おん)現われなされるのだぞ。

 礼拝の仕方書き知らすぞ、節分から始めて下されよ、

 まず、気整えてしばし目つむり、心開きて一拝二拝八拍手(はくしゅ)せよ、また気整えて、一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむゆななやここのたり)と言(こと)高く宣(の)れよ、また気整えて、ひふみ三回宣れよ、これはこれは喜びの舞い、清めの舞い、祓の歌であるぞ。世界の臣民皆宣れよ、身も魂(たま)も一つになって、宣り歌い舞えよ、身魂全体で拍手(かしわで)するのざぞ、終りてまた気整えて、一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむゆななやここのたり)、一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)と言高く宣れよ。

 神気整えて、天(あめ)の日月(ひつき)の大神様、弥栄(やさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませと祈れよ、これは祈るのざぞ、地(くに)の日月の神様、弥栄ましませ弥栄ましませと祈れよ、終りて八拍手せよ。
 次に雨の神様、風の神様、岩の神様、荒の神様、地震の神様、百々(もも)の神様、世の元からの生神様、産土(うぶすな)の神様に御礼申せよ、終りてから神々様の気頂けよ、気の頂き方前に知らしてあろうがな、何よりの臣民人民のイキの命の糧(かて)であるぞ、病なくなる元の元のキであるぞ、八度繰り返せと申してあろう、しばらくこのように拝めよ。

 ⦿(かみ)代になるまでにはまだ進むのざぞ、それまではそのようにせよ、この方の申すようにすればその通りになるのざぞ、さまで苦しみなくて大峠越せるぞ、大峠とは王統消す(?)のざぞ。新しき元の生命と成るのざぞ。神の心となれば誠わかるぞ。誠とはマとコトざぞ、神と人民同じになれば⦿代ざぞ、⦿は隠身(かくりみ)に、人民 表に立ちてこの世治まるのざぞ。雀の涙ほどのもの取り合いへし合い、何して御座るのぞ、自分のものざとまだ思っているのか。

 御恩とは五つの恩のことざぞ、御恩返さなならんのざぞ、このことよく考えて間違わんようにして下されよ。この巻は「雨の巻」ぞ、次々に知らすから、身魂相当により分けて知らしてやれよ、言分けて一二三(ひふみ)として知らしてやるのもよいぞ。役員皆に手柄立てさしたいのぢゃ、臣民人民皆にそれぞれに手柄立てさしたいのぢゃ、待たれるだけ待っているのぢゃ、一人で手柄は悪ぢゃ、皆分けあってやれよ、手握りてやれよ。石もの言うぞ、十六の八の四の二の一目出度(めでた)や目出度やなあ。⦿の仕組の世に出(い)でにけり、あなさやけ、あな面白や、五つの色の七変わり八変わり、九の十々(ここのたりたり)て百千万(ももちよろず)の⦿の世弥栄。十二月十九日、ひつ九のかミ。

天地の先祖 = 元の元の元の大神

元の神のてんし様 = 元の元の元の大神の皇子

タマ = 霊(たま)

第二十巻 梅の巻 第二十二帖(四四九)

 

 まだまだどえらいこと出て来て日本の国はいよいよ潰れたというところへなって来るから、皆がマコトの⦿魂(かみだましい)になって来んとマコトの⦿は出ないのざぞ、マコトあるところへマコトの⦿働くと申してあろが、マコトないトコロへ働く⦿は悪⦿(あくがみ)ぢゃぞ、よう気つけてくれよ。いくら時節来たとて人民にマコトないと気の毒ばかりぢゃ、気の毒この方嫌いぢゃ。道は⦿にも曲げられん、龍神は悪⦿ぢゃという時来るぞ、心せよ。マコトない者は今にこの方拝むこと出来んことになるぞ、この方に近よれんのは悪の守護神殿。

 いよいよ天の御先祖様と地の御先祖様と御(ご)一体に成りなされて、王の王の神で末代治める基(もとい)つくるぞ、少しでも混(ま)じり気(け)あってはならんのぢゃ、早う洗濯掃除結構ぞ。御用いくらでもあるぞ、お蔭取り得(どく)ぢゃ。出来るだけ大き器(うつわ)持ちて御座れよ、皆々欲がチビイぞ、慾が小さいなあ。はなすことは放すことざ、放すとつかめるぞ。十二月十四日、一二⦿。

天の御先祖様 = 豊雲野大神

地の御先祖様 = 国常立大神

王の王の神 = 天津日嗣皇尊大神

 

参考図書

完訳 日月神示

岡本 天明 著 中矢 伸一 監修

ヒカルランド

 

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