
グリモワール
ミロクの世・みろくの世・五六七の世
第三巻 富士の巻 第四帖(八四)
一二三(ひふみ)の仕組が済みたら三四五(みよいづ)の仕組ぞと申してありたが、世の元の仕組は三四五の仕組から五六七(みろく)の仕組となるのぞ、五六七の仕組とはミロクの仕組のことぞ、獣と臣民とハッキリ分かりたら、それぞれの本性出すのぞ、今度は万劫末代(まんごうまつだい)のことぞ、気の毒出来るから洗濯大切と申してあるのぞ。今度お役決まりたらそのままいつまでも続くのざから、臣民よくこの神示読みておいてくれよ。八月十三日、⦿のひつくのか三。
第三巻 富士の巻 第六帖(八六)
今は善の神が善の力弱いから、善の臣民苦しんでいるが、今しばらくの辛抱ぞ、悪神総がかりで善の肉体に取りかかろうとしているから よほどフンドシ締めておらんと負けるぞ。親や子に悪の神かかりて苦しい立場にして、悪の思う通りにする仕組立てているから気をつけてくれよ。
⦿の、も一つ上の⦿の世の、も一つ上の⦿の世の、も一つ上の⦿の世は戦済んでいるぞ、三四五から五六七の世になれば、天地光りて何もかも見えすくぞ。八月のこと、八月の世界のこと、よく気つけておいてくれよ、いよいよ世が迫りて来ると、やり直し出来んと申してあろがな。いつも剣の下にいる気持ちで心引き締めておりてくれよ。臣民口で食べる物ばかりで生きているのではないぞ。八月の十五日、ひつく⦿と⦿のひつ九のか三しるさすぞ。
第四巻 天つ巻 第十七帖 (九七)
九十(こと)が大切ぞと知らしてあろがな、戦ばかりでないぞ、何もかも臣民では見当とれんことになりて来るから、上(うえ)の臣民九十に気つけてくれよ、お上(かみ)に⦿祀りてくれよ、⦿にまつらうてくれよ、⦿くどう申しておくぞ、早う祀らねば間に合わんのざぞ、⦿の国の山々にはみな⦿祀れ、川々にみな⦿祀れ、野にも祀れ、臣民の家々にも落つる隈(くま)なく神祀れ、まつりまつりてミロクの世となるのぞ。臣民の身も神の宮となりて神まつれ、祀りの仕方知らしてあろう、⦿は急(せ)けるぞ。八月二十五日、⦿のひつ九⦿。
第三巻 富士の巻 第十九帖(九九)
神世のひみつと知らしてあるが、いよいよとなりたら地震、かみなりばかりでないぞ、臣民アフンとして、これは何としたことぞと、口あいたままどうすることも出来んことになるのぞ、四ツン這いになりて着る物もなく、獣となりて這ひ廻る人と、空飛ぶような人と、二つにハッキリ分かりて来るぞ。
獣は獣の性来(しょうらい)いよいよ出すのぞ、火と水の災難がどんなに恐ろしいか、今度は大なり小なり知らさなならんことになりたぞ。一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きてはおられんのざぞ、それが済んでから、身魂磨けた臣民ばかり、⦿が拾い上げてミロクの世の臣民とするのぞ、どこへ逃げても逃げ所ないと申してあろがな、高い所から水流れるように時に従いておれれよ、いざというときには神が知らして、一時は天界え釣り上げる臣民もあるのざぞ。人間の戦や獣の喧嘩くらいでは何も出来んぞ、くどう気つけておくぞ、何よりも改心が第一ぞ。八月の二十六日、⦿のひつくのか三。
第四巻 天つ巻 第二十七帖(一三四)
石物言う時来るぞ、草物言う時来るぞ。北拝めよ、北光るぞ、北よくなるぞ、夕方よくなるぞ、暑さ寒さ、みなやわらかくなるぞ、ミロクの世となるぞ。慌てずに急いでくれよ。⦿⦿(かみがみ)様、皆の産土(うぶすな)様、総活動でござるぞ、⦿⦿様祀りてくれよ、人々様祀りてくれよ、御礼申してくれよ。九月十二日、一二か三。
第四巻 天つ巻 第三十帖(一三七)
富士とは火の仕組ぞ、渦海(うづうみ)とは水の仕組ぞ、今にわかりて来るのぞ。⦿の国には政治も経済も軍事もないのざぞ、まつりがあるだけぞ。まつろうことによって何もかも嬉し嬉しになるのざぞ。これは政治ぞ、これは経済ぞと申しているから鰻つかみになるのぞ、分ければ分けるほどわかからなくなって、手におえぬことになるぞ。
手足は沢山は要らぬのざぞ、左の臣(おみ)と右(みぎり)の臣とあればよいのざぞ。ヤとワと申してあろうがな、その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。今の臣民、自分で自分の首くくるようにしているのぞ、手は頭の一部ぞ、手の頭ぞ。頭、手の一部でないぞ、この道理よく心得ておけよ。
神示は印刷することならんぞ、この神示解いて、臣民の文字で臣民に読めるようにしたものは一二三(ひふみ)と申せよ。一二三は印刷してよいのざぞ。印刷結構ぞ。この神示のまま臣民に見せてはならんぞ、役員よくこの神示見て、その時により、その国によりて、それぞれに説いて聞かせよ。日本ばかりでないぞ、国々ところところに仕組して神柱(かみはしら)つくりてあるから、今にビックリすること出来るのざぞ、世界の臣民にみな喜ばれるとき来るのざぞ。
ミロクの世近づいて来たぞ。富士は晴れたり日本晴れ、富士は晴れたり日本晴れ。善一筋とは⦿一筋のことぞ。この巻を「天つ巻」と申す。すっかり写してくれよ、すっかり伝えてくれ。九月十四日、ひつ九のか三。
第五巻 地つ巻 第七帖(一四四)
⦿にまつろう者には生きも死もないのぞ、死のこと、まかると申してあろうがな、生き通しぞ、亡骸(なきがら)は臣民残さなならんのざが、臣民でも昔は残さないで死(まか)ったのであるぞ、それがまことの⦿国の臣民ぞ、ミコトぞ。
世の元と申すものは、天も地も泥の海でありたのざぞ。その時から、この世始まってから生き通しの神々様の御(おん)働きで五六七(ミロク)の世が来るのざぞ。肝が出来ておると、肝に神つまりますのざぞ、高天原(たかあまはら)ぞ、神漏岐(かむろぎ)、神漏美(かむろみ)の命(みこと)忘れるでないぞ。そこからわかりて来るぞ。
海をみな船で埋めねばならんぞ、海断たれて苦しまんようにしてくれよ、海めぐらしてある⦿の国、清めに清めておいた⦿の国に、外国の悪渡り来て⦿は残念ぞ。見ておざれ、⦿の力現わす時来たぞ。九月十八日、ひつ九⦿。
第五巻 地つ巻 第十一帖 (一四八)
世界丸めて一つの国にするぞと申してあるが、国はそれぞれの色の違う臣民によりて一つ一つの国作らすぞ。その心々によりて、それぞれの教作らすのぞ。旧(ふる)きものまかりて、また新しくなるのぞ、その心々の国と申すは、心々の国であるぞ、一つの王で治めるのざぞ。天津日嗣(あまつひつぎ)の皇子(みこ)様が世界中照らすのぞ。地(くに)のひつきの御役(おんやく)も大切の御役ぞ。
道とは三つの道が一つになることぞ、満ち満つことぞ、元の昔に返すのざぞ、修理個成(つくりかため)の終りの仕組ぞ、終わりは始めぞ、始は一(ひ:霊)ぞ、富士、都(みやこ)となるのざぞ、幽界(がいこく)行きは外国行きぞ。⦿の国、光りて目あけて見れんことになるのざぞ、臣民の身体からも光が出るのざぞ、その光によりて、その御役、位(くらい)、わかるのざから、ミロクの世となりたら何もかもハッキリして嬉し嬉しの世となるのぞ、今の文明なくなるのでないぞ、魂(たま)入れて、いよいよ光りて来るのぞ、手握りて草木も四(よ)つ足もみな歌うこととなるのぞ、御光(みひかり)にみな集まりて来るのざぞ、てんし様の御光は⦿の光であるのざぞ。九月二十と一日、一二か三。
第五巻 地つ巻 第十九帖(一五六)
世成り、神国の太陽足り満ちて、皆みち足り、神国の月神、世をひらき足り、弥栄にひらき、月光、総てはみち、結び出づ、道は極みに極む、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、弥栄々々ぞ、神、仏、耶ことごと和し、和して足り、太道ひらく永遠、富士は晴れたり、太神は光り出づ、神国のはじめ。九月二十四日、一二⦿ふみ。
第六巻 日月の巻 第十一帖(一八四)
学も神力ぞ。神ざぞ。学が人間の智恵と思うているととんでもないことになるぞ。肝腎の真ん中、動いてはならんのざぞ。⦿国の政治は魂(たま)のまつりごとぞ。苦し行が喜んで出来るようになりたら、⦿の仕組わかりかけるぞ。何事も喜んで致してくれと申してあろがな。臣民の頭では見当取れん無茶な世になる時来たのざぞ。それを闇の世と申すのぞ。神は ・ 、臣民は〇、外国は〇、神の国は ・ と申してあろが、神国から見れば、まわりみな外国、外国から見れば神国真ん中。人の真ん中には神あらうがな。
悪神の仕組はこの方にはわかりているから一度に潰す事は易いなれど、それでは天の大神様にすまんなり、悪殺してしまうのではなく、悪改心さして、五六七(みろく)の嬉し嬉しの世にするのが⦿の願いざから、この道理忘れるでないぞ。今の臣民、いくら立派な口きいても、文字ならべても、誠がないから力ないぞ。黙っていても力ある人いよいよ世に出る時近づいたぞ。力は⦿から流れ来るのぞ。磨けた人から⦿がうつって今度の二度とない世界の、世直しの手柄立てさすぞ。身魂磨きが何より大切ぞ。十月の二十七日、ひつ九のか三。
第六巻 日月の巻 第十四帖(一八七)
世の元からの仕組であるから、臣民に手柄立てさして、上下(うえした)揃った光の世にするのざから、臣民見当取れんから、早う掃除してくれと申してあるのぞ。国中(くにじゅう)いたる所花火仕掛けしてあるのぞ。人間の心の中にも花火が仕掛けてあるぞ。いつその花火が破裂するか、わからんであろがな。掃除すれば何もかも見通しざぞ。花火破裂する時近づいて来たぞ。動くこと出来んようになるのぞ。蝋燭(ろうそく)の火、明るいと思うているが、五六七(みろく)の世の明るさはわからんであろが。十月の三十一日。ひつ九のかみ。
第七巻 日の出の巻 第四帖(二一七)
旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日はいくらでもあるぞと申してあろが、この日は人民には恐い日であれど、⦿には結構な日ぞと申してあろが、⦿心になれば、⦿とまつわれば、⦿とあななへば、臣民にも結構な日となるのぞ。その時は五六七(みろく)の世となるのざぞ。桜花一度にどっと開く世となるのざぞ、⦿烈(はげ)しく臣民静かな御代(みよ)となるのざぞ、日日(ひにち)毎日、富士晴れるのざぞ、臣民の心の富士も晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、心晴れたり日本晴れぞ。十二月二日、ひつ九のか三。
第七巻 日の出の巻 第二十帖(二三三)
この度は世に落ちておいでなされた⦿⦿(かみがみ)様をあげねばならぬのであるぞ、臣民もその通りざぞ、⦿の申す通りにすれば何事も思う通りにスラスラと進むと申してあろがな。これからは⦿に逆らうものは一つも埓(らち)あかんぞ、やりてみよれ、九分九厘でグレンざぞ。⦿の国はどうしても助けなならんから、⦿が一日(ひとひ)一日と延ばしていることわからんか。皆の者が⦿を軽くしているからお蔭なくなっているのざぞ、世の元の神でも御魂(みたま)となっていたのでは真(まこと)の力出ないのざぞ。今度の経綸(しぐみ)は世の元の生き通しの⦿でないと間に合わんのざぞ。何処(どこ)の教会でも元はよいのであるが、取次役員がワヤにしているのぞ、今の様(さま)は何ごとぞ。
この方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った⦿ざぞ、この世構う⦿でも我(が)出すと失敗るのざぞ、どんな力あったとて我出すまいぞ、この方がよい見せしめぞ。世界構うこの方さえ我で失敗ったのぞ、くどいようなれど我出すなよ、慢心と取違いが一等気障(きざわ)りざぞ。改心チグハグざから物事後先(あとさき)になりたぞ、経綸少しは変るぞ。今の役員、⦿の道広めると申して我(われ)を広めているでないか、そんなことでは役員とは言わさんぞ。今までは⦿が世に落ちて人が⦿になりておりたのぞ、これでは世は治まらんぞ。神が上(かみ)で、臣民、臣民で下におらねばならんぞ。吾(われ)が苦労して人救う心でないと、今度の岩戸開けんのざぞ、岩戸開きの御用する身魂は、吾の苦労で人助けねばならんのざ。
十年先は、五六七(みろく)の世ざぞ、今の人間、鬼より蛇より邪見ざぞ、蛇の方が早う改心するぞ、早う改心せねば泥海にせなならんから、⦿は日夜の苦労ぞ。道は一つと申してあろがな、二つ三つ四つあると思うてはならんぞ、足元から鳥立つと申してあろが、臣民火がついてもまだ気づかずにいるが、今に体に火ついてチリチリ舞いせなならんことになるから、⦿、くどう気つけておくのざぞ。三四気つけてくれよ、⦿の国は⦿の力で何事も思うように行くようになりているのに、学や智に邪魔されている臣民ばかり、早う気づかぬと今度という今度は取返しつかんぞ。見事なこと⦿がして見せるぞ、見事なことざぞ、人間には恐しいことざぞ、大掃除する時は棚のもの下に置くことあるのざぞ、下にあったとて見下げてはならんぞ。
この神は⦿の国の救われること一番願っているのざぞ、外国人も⦿の子ではあるが性来(しょうらい)が違うのざぞ、⦿の国の臣民が真(まこと)の⦿の子ざぞ、今は曇りているなれど、元の尊い種植えつけてあるのざぞ、曇り取り去りてくれよ、依怙(えこ)のようなれど外国は後まわしぞ、同じ⦿の子でありながら⦿の国の臣民の肩持つとは公平でないと申す者あるなれど、それは昔からの深い経綸であるから臣民にはわからんことであるぞ、一に一足す二でないと申してあろが、何事も⦿の国から⦿の民(たみ)からぞ、洗濯も同様ざぞ。今度の御用外(はず)したら、いつになりても取返しつかんことになるのざから、心して御用してくれよ、やり損ない出来ないことになりているのざぞ。天に一柱、地に一柱、火にも焼けず水にも溺(おぼ)れぬ元の種、隠しておいてのこの度の大立て替えぞ、どんなことあっても人間心で心配するでないぞ、細工は流々(りゅうりゅう)、仕上げ見てくれよ、この⦿はめったに間違いないぞ。三千年地に潜(もぐ)りての経綸で、悪の根まで調べてからの経綸であるから、人間どの心配せずに、⦿の申すよう素直に致して下されよ。
末法の世とは地の上に大将の器(うつわ)無くなりていることざぞ。オロシヤの悪と申すのは泥海の頃から生きている悪の親神であるぞ。北に気つけてくれよ、日本の国は結構な国で、世界の元の、真中の国であるから、悪神が日本を取りて末代の住居(すまい)とする計画で、トコトンの智恵出して、どんなことしてもするつもりで、いよいよを始めているのざから、よほど褌(ふんどし)締めて下されよ、日本の上に立ちている守護神にわかりかけたらバタバタに埓あくぞ。早う改心してくれよ。十二月二十六日、一二⦿。
第二十巻 梅の巻 第十七帖(四四四)
今の人民 少しは神示わかっておらんと恥づかしいこと出来て来るぞ、なさけないこと出来てくるぞ、くやしさ目の前ぞ。次の世がミロクの世、天の御先祖様なり、地の世界は大国常立(おおくにとこたち)の大神様、御先祖様なり、天の御先祖様この世の始まりなり、お手伝いが弥栄(やさか)のマコトの元の生神様なり、仕上げ見事成就致さすぞ、御安心致されよ。天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一つとなってマコトの天と成(な)り鳴(な)り、マコトの地と成り鳴り、三千世界一度に開く光の御代(みよ)ぞ楽しけれ、あな爽(さや)け、あなすがすがし、あな面白や、いよいよ何もかも引寄せるからその覚悟よいか、覚悟せよ、あな爽け、あなすがすがし、四十七と四十八と四十九ぢゃ。十二月四日、七つ九のかミしるす。
第二十巻 梅の巻 第二十帖 (四四七)
よくもまあ鼻高(はなだか)ばかりになったものぢゃなあ、四つ足と天狗ばかりぢゃ、まあまあやりたいだけやりて見なされ、⦿は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのぢゃから、性来(しょうらい)だけのことしか出来んから、いよいよとなりて⦿にすがらなならんということわかりたら、今度こそはマコト⦿にすがれよ、今度⦿にすがること出来んなれば万劫末代(まんごうまつだい)浮ばれんぞ。したいことをやりて見て、得心(とくしん)行くまでやりて見て改心早う結構ぞ。
ミロクの世のやり方の型、出して下されよ、一人でも二人でもよいぞ、足場早うつくれと申してあること忘れたのか。尾振る犬を打つ人民あるまいがな、ついて来る人民殺す⦿はないぞ、ミロク様が月の大神様。十二月四日、ひつ九のか三。
第二十巻 梅の巻 第二十七帖(四五四)
苦しむと曲るぞ、楽しむと伸びるぞ、この方(ほう)苦しむこと嫌ひぢゃ、苦を楽しみて下されよ。この方に敵とう御(おん)力の⦿、いくらでも早う出て御座れ、敵とう⦿、この方の御用に使うぞ、天晴(あっぱ)れ御(おん)礼申すぞ。
世界のどんな偉い人でも、この方に頭下げて来ねば今度の岩戸開けんぞ、早う神示読んで⦿の心汲み取って、ミロクの世の礎(いしずえ)早う固めくれよ。算盤(そろばん)のケタ違う算盤でいくらはじいても出来はせんぞ、素直に致してついて御座れ、見事光の岸につれて参って喜ぶようにしてやるぞ。十二月十四日、ひつ九のか三。
第二十二巻 青葉の巻 第十九帖(四八八)
この度の岩戸開きに御用に立つ身魂ばかり選(え)り抜(ぬ)きて集めて行(ぎょう)さして御用に使うのであるから、他(た)の教会とは天地の違いであるぞ、今度は人民の心の底まで改めて一々始末せねばならんなり、誰によらん、今までのような贅沢(ぜいたく)やめて下されよ。せねばするよう、せなならんなり、世界のハラワタ腐り切っているのであるから、いよいよを致さねばならんなり、いよいよをすれば人民いよいよとなるから、⦿がくどう気つけているのざぞ。
ここへは善と悪とどんな身魂も引寄せてコネ廻し、練り直す所であるから、ちっとも気緩(ゆる)しならん所であるぞ。ここの仕組は天の仕組と地の仕組と、神となり仏となり、結び、⦿と和し、〇と現れ動き、鳴り成りてマコトの世「ミロク」の世と致して、この世を⦿の国と致す仕組ぢゃ。
今までは天の⦿ばかり尊んで上(うえ)ばかり見ていたから、今度は地は地の⦿の世と致すのぢゃ、天の⦿は地ではお手伝いざと申してあろうが、下見て暮せ、足元に気づけと申してあろうが、皆地の⦿尊び斉(いつ)き祀りて弥栄ましませ。天の教えばかりではならず、地の教えばかりでもならず、今まではどちらかであったから、時が来なかったから、マコトがマコトとならず、いずれも片輪となっていたのざぞ、片輪悪ぞ、今度上下(うえした)揃うて、夫婦和して、天と地と御三体(ごさんたい)祀りてあなないて、末代の生きた教えと光り輝くのざぞ。八月九日、ひつ九のか三。
第二十四巻 黄金の巻 第五十四帖(五六五)
目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入(みい)られるぞ。心せよ。雨、風、岩、いよいよ荒(あれ)の時節ぢゃ。世界に何とも言われんことが、病(やまい)も判らん病がはげしくなるぞ。食うべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。悪を消化する胃袋、早うせねば間に合わん。梅干大切心の。五十二才二(ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月みろくの世。(十二月七日)一二十
第二十四巻 黄金の巻 第五十九帖(五七〇)
・ 忘れるなよ。世を捨て、肉を離れて天国近しとするは邪教であるぞ。合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。迷信であるぞ。金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ。三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は言えんぞ。申さんぞ。(十二月七日)一二十
第二十七巻 春の巻 第二十九帖(六八六)
神から出るものは理(り)にきまっているぞ。この平凡の道の道理が何故にわからんのぢゃ。得心出来んのぢゃ。それに従えばこそ向上、弥栄するのぢゃ。天狗ざから、慢心するから、理がなくなるから行き詰るのぢゃ。一応は世界一家のカタ出来るのぢゃ。が、それではならん。それを越えて、練り直してマコトの一家となるのぢゃ。天が上で地が下で、中に ・ あるのぢゃ。それがミロクの世ぢゃ。気長にやれと申してあろう。長い苦心なければ よいもの出来ん。この世で出来終らねば、あの世まで持ち続けてもやり続けてもよいのぢゃ。そなたたちはあまりにも気が短いぞ。それではならんのう。マコトの生活は永遠性持っているぞ。これないものは宗道でないぞ。
第二十九巻 秋の巻 第九帖(七五〇)
みろくの世となれば世界の国々がそれぞれ独立の、独自のものとなるのであるぞ。ぢゃが皆それぞれの国は一つのヘソで、大き一つのヘソにつながっているのであるぞ。地上天国は一国であり、一家であるが、それぞれの、また自(おの)ずから異なる小天国が出来、民族の独立性もあるぞ。一色にぬりつぶすような一家となると思うているが、人間の浅はかな考え方ぞ。考え違いぞ。この根本を直さねばならん。霊界の通りになるのぢゃ。
五十黙示録 第二巻 碧玉之巻 第十五帖
五六七のミロクの代から六六六のミロクの世となるぞ。六六六がマコトのミロクの世であるなれど、六六六では動きないぞ、六六六は天地人の大和の姿であるなれど、動きがないからそのままでは弥栄せんのぢゃ、666となりまた六六六とならねばならんぞ、新しき世の姿、よく心得よ。
五十黙示録 第三巻 星座之巻 第九帖
白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、さらに銀となり黄金となるぞ、これがミロクの世のあり方ぞ、五と五では動きとれん。そなたの足もとに、来るべき世界はすでに芽生えているでないか。
五十黙示録 第七巻 五葉之巻 第十五帖
今に大き呼吸(いき)も出来んことになると知らせてあろうが、その時来たぞ、岩戸が開けると言うことは、半分のところは天界となることぢゃ、天界の半分は地となることぢゃ、今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ、今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ、一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れかえて、ミロクの世の人民として甦らす仕組、心得なされよ、神様でさえ、このことわからん御方あるぞ、大地も転位、天も転位するぞ。
五十黙示録 補巻 紫金之巻 第四帖
豊栄に栄り出(い)でます大地(くに)の太神。大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮死の状態となるのぢゃ、掃除が終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて、息吹きかえしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、因縁のミタマには⦿(かみ)のしるしがつけてあるぞ、仏教によるもののみ救われると思ってはならんぞ、キリストによるもののみ救われると思ってはならん、神道によるもののみ救われると思ってはならん、アラーの神によるもののみ救われるのでないぞ、その他諸々の神、それぞれの神によるもののみ救われるのではないぞ、何もかも皆救われるのぢゃ、生かすことが救うこととなる場合と、殺すことが救うことになる場合はあるなれど。
ミロク様・みろく・ミロク
第四巻 天つ巻 第二十一帖(一二八)
みろく出づるには、はじめ半(なか)ばは焼くぞ、人、二分は死、みな人、神の宮となる。西に戦争(いくさ)しつくし、神世とひらき、国毎(ごと)に、一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)たりて百千万(ももちよろず)、神急ぐぞよ。八月七日、ひつくのかみふみぞ。
第十三巻 雨の巻 第三帖(三三七)
草木は実(み)を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。種は残して育ててやらねばならんのざぞ、草木の身が動物虫けらの御身となるのざぞ、出世するのざから嬉しいのざぞ、草木から動物虫けら生れると申してあろがな、人の身、神に捧げるのざぞ、神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、惟神の御身とはそのことぞ、神示よく読めばわかるのざぞ。この道は先に行く程広く豊かに光り輝き、嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座(ござ)るぞ、神示よく読めよ、どんなことでも人に教えてやれる様に知らしてあるのざぞ。
いろはに戻すぞ、一二三(ひふみ)に返すぞ、一二三が元ぞ、天からミロク様は水の御守護遊ばすなり、日の大神様は火の御守護なさるなり、このこと魂までよくしみておらぬと御恩わからんのざぞ。悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。善も悪もないのざぞと申してあろがな、⦿の国真中に神国になると申してあろがな、日本も外国も⦿の目からは無いのざと申してあろうが、⦿の国あるのみざぞ、わかりたか。改心すれば ・ の入れ替え致してその場からよき方に廻してやるぞ、何事も我がしているなら自由になるのであるぞ。我の自由にならんのは、させられているからざぞ、このくらいのことわからんで神国の臣民と申されんぞ、国々所々に宮柱太敷(みやばしらふとし)キ立てよ、たかしれよ。この先は神示に出したこと用いんと、我の考えでは何事も一切成就せんのざぞ、まだ我(が)出している臣民ばかりであるぞ。従うところには従わなならんぞ、従えばその日から楽になって来るのざぞ、高い所から水流れるようにと申して知らしてあろうがな。十月の十五日、ひつ九のか三。
第十八巻 光りの巻 第五帖(四〇一)
病神(やまいがみ)がそこら一面にはびこって、隙(すき)さえあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから、よほど 気つけておりて下されよ。大臣(おとど)は火と水と二人でよいぞ、ヤとワと申してあろうが、ヤ、ワ、は火の中の水、水の中の火であるぞ、後はその手伝いぞ、手足ざぞ、役人自(おのずか)ら出来るぞ。役は役であるぞ、今までは⦿国(ぐに)と外国と分れていたが、いよいよ一つにまぜまぜに致して、クルクルかき廻して練り直して、世界一つにして、自ら上下(うえした)出来て、一つの王で治めるのぢゃぞ。
人民はお土でこねて、⦿の息入れてつくったものであるから、もうどうにも人間の力では出来んようになったらお地(つち)に呼びかけよ、お地(つち)にまつろえよ、お地(つち)は親であるから、親の懐(ふところ)に帰りて来いよ、嬉し嬉しの元のキ甦るぞ、百姓から出直せよ。ミロク様とはマコトの天照皇大神(アマテラススメラオオカミ)様のことでござるぞ。六月十七日、一二⦿。
第二十巻 梅の巻 第二十帖(四四七)
よくもまあ鼻高(はなだか)ばかりになったものぢゃなあ、四つ足と天狗ばかりぢゃ、まあまあやりたいだけやりて見なされ、⦿は何もかもみな調べぬいて仕組みてあるのぢゃから、性来(しょうらい)だけのことしか出来んから、いよいよとなりて⦿にすがらなならんということわかりたら、今度こそはマコト⦿にすがれよ、今度⦿にすがること出来んなれば万劫末代(まんごうまつだい)浮ばれんぞ。したいことをやりて見て、得心(とくしん)行くまでやりて見て改心早う結構ぞ。
ミロクの世のやり方の型、出して下されよ、一人でも二人でもよいぞ、足場早うつくれと申してあること忘れたのか。尾振る犬を打つ人民あるまいがな、ついて来る人民殺す⦿はないぞ、ミロク様が月の大神様。十二月四日、ひつ九のか三。
第二十一巻 空の巻 第九帖(四六四)
ミロク、世に出づには⦿の人民お手柄致さなならんぞ、お手柄結構結構、⦿の人民世界中にいるぞ。この中に早くから来ていて何も知りませんとはいわれん時来るぞ、神示よく読んでいてくれよ。時来たら説き出せよ、潮満ちているぞ、潮時誤るなよ。早う目覚めんと別の御用にわまらなならんぞ、ウシトラコンジン様、何事も聞き下さるぞ、マコトもってお願い申せよ、聞かんことは聞かんぞ、聞かれることは聞いてやるぞ。(神、仏、キリスト、ことごとく人民の世話もしてやるぞ。)時節到来しているにまだ気づかんか、人民の物という物何一つないぞ、まだ金(きん)や学で行けると思うているのか、いよいよの蓋(ふた)あいているにまだわからんか。奥山に参りて来ねばわからんことになり来るぞ。奥山、奥山ぞ、同じ奥山が、その時々により変って来るぞ、身魂磨けば磨いただけに光出来てお蔭あるぞ、この道理わかるであろうがな。三月三日、ひつ九のか三。しるすぞ。
第二十二巻 青葉の巻 第九帖(四七八)
苦労致さねばマコトわからんなり、人民という者は苦に弱いから、中々にお蔭のやりようないぞよ、欲出すから、心曇るから、我れ善しになるから、なかなかに改心出来んなり、難しいぞよ。欲さっぱり捨てて下されよ、慾出るとわからなくなるぞ。大地の⦿の声、誰も知るまいがな、黙って静かに祀りて清めて、育てているのざぞ、何もかも大地にかえるのざぞ、親の懐(ふところ)に返るのざぞ。次々に不思議出て来るぞ、不思議なくなりたら⦿の国、ミロクの国となるのぢゃ。八月三日、ひつ九か三。
第二十二巻 青葉の巻 第十七帖(四八六)
悪く言われるとメグリ取ってもらえるぞ、悪く言うとメグリつくるのぢゃ。今度の立て替えは人間知恵の立て替えとは大分違う大層ざぞ、見当とれんのざぞ。日の⦿ばかりでは世は持ちては行かれんなり。月の⦿ばかりでもならず、そこで月の⦿、日の⦿が御一体となりなさるなり、日月の神と現われなさるなり。「みろく様」が日月の大神様なり、日月の大神様が「みろく」の大神様なり、地の御先祖様、国の御先祖様と御一体となりなされて大日月の大神様と現われなさるなり、旧九月八日からは大日月の大神様と拝(おろが)みまつれよ。八月五日、十二⦿
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