ののの備忘録

『日月神示』の解読から始まる古の神々さまの封印解除と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。

日月神示用語集:足許から鳥立つ

 グリモワール

籠の鳥:豊雲野大神

日月神示の神示に出てくる「足元から鳥立つ」の意味は、童謡「かごめ歌」にある「籠の中の鳥」が解放されて、籠から飛び立つことを示唆していると考えられます。

 

籠目の封印結界の最深部に封じられていた神さまは、マコトの天照大神である豊雲野大神でした。

 

この神さまが「籠」から解放されて「飛び立つ」ことが「夜明け」の合図だったのです。


第一巻 上つ巻 第二十帖(二〇)

 

 ⦿がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬはずぞと申す者沢山あるが、筈には人の言う善も悪もないものぞ。よく心に考えて見よ、何もかもわかりて来るぞ。表の裏は裏、裏の表は表ぞと申してあろが、一枚の紙にも裏表、ちと誤まればわからんことになるぞ、⦿心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ、そこの道理わからずに理屈ばかり申しているが、理屈のない世に、⦿の世にして見せるぞ。言挙(ことあ)げせぬ国とはそのことぞ、理屈は外国のやり方、⦿の臣民言挙げずに、理屈なくして何もかもわかるぞ、それが⦿の真の民ぞ。足許(あしもと)から鳥が立つぞ、鳥立ちてあわてても何にもならんぞ、用意なされよ、上下にグレンと引っくり返るぞ。上の者下に、落ちぶれた民 上になるぞ、岩戸開けるぞ、夜明け近づいたから、早う身魂の洗濯してくれよ、⦿の申すこと千に一つも違わんぞ。六月二十七日、ひつくのか三。

 

第六巻 日月の巻 第二十七帖(二〇〇)

 

 ⦿の国は生きているのざぞ、国土拝(くにつちおろが)めよ、⦿の肉体ぞ。⦿の魂(たま)ぞ。道は真直ぐとばかり思うなよ、曲って真っ直ぐであるぞ、人の道は無理に真っ直ぐにつけたがるなれど、曲っているのが⦿の道ぞ。曲って真っ直ぐいくのざぞ。人の道も同じであるぞ。足許から鳥立つぞ。いよいよが近づいたぞ。世の元と申すものは泥の海でありたぞ。その泥から⦿がいろいろのもの一二三で、息吹で生みたのぞ。人の智ではわからぬことざぞ。眼は丸いから丸く見えるのざぞ。この道理わかりたか。一度はドロドロにこね廻さなならんのざぞ。

 臣民はどない申しても近慾(ちかよく)ざから、先見えんから欲ばかり申しているが、⦿は持ち切れないほどの物与えているでないか。いくら貧乏だとて犬猫とはケタ違うがな。それで何不足申しているのか。まだまだ天地へ取上げるぞ。日々(にちにち)取上げていることわからんか。⦿が大難を小難にして、神々様御活動になっていること目に見せてもわからんか。天地でんぐり返るぞ。やがては富士晴れるぞ。富士は晴れたり日本晴れ。元の⦿の世にかえるぞ。

 「日の巻」終りて「月の巻」に移るぞ。いよいよ一二三が多くなるから、今までに出していた神示よく肝に入れておいてくれよ、知らせねばならず、知らしては仕組成就せず、臣民早よう洗濯して鏡に映るようにしてくれよ。今の世地獄とわかっているであろがな。今のやり方悪いとわかっているであろがな。⦿まつれと申すのぞ。外国には外国の神あると申してあろが。御戦(みいくさ)進めて外国に行った時は、まずその国の神まつらねばならんぞ、まつるとはまつろうことと申してあろが。鉄砲や智では悪くするばかりぞ。神まずまつれとくどう気つけてあるのは日本ばかりではないぞ。この方の申すこと、小さく取りては見当取れんと申してあろがな。三千世界のことぞ。世界のことぞ、日本ばかりが可愛いのではないぞ、世界の臣民皆わが子ぞ。分け隔(へだ)てないのざぞ。この神示読みて聞かしてくれよ。読めば読むほど明るくなるぞ。富士晴れるのざぞ。⦿の心晴れるのざぞ。あら楽(たぬ)し世ぞ。十一月二十三日、一二⦿。

 

第七巻 日の出の巻 第二十帖(二三三)

 

 この度は世に落ちておいでなされた⦿⦿(かみがみ)様をあげねばならぬのであるぞ、臣民もその通りざぞ、⦿の申す通りにすれば何事も思う通りにスラスラと進むと申してあろがな。これからは⦿に逆らうものは一つも埓(らち)あかんぞ、やりてみよれ、九分九厘でグレンざぞ。⦿の国はどうしても助けなならんから、⦿が一日(ひとひ)一日と延ばしていることわからんか。皆の者が⦿を軽くしているからお蔭なくなっているのざぞ、世の元の神でも御魂(みたま)となっていたのでは真(まこと)の力出ないのざぞ。今度の経綸(しぐみ)は世の元の生き通しの⦿でないと間に合わんのざぞ。何処(どこ)の教会でも元はよいのであるが、取次役員がワヤにしているのぞ、今の様(さま)は何ごとぞ。

 この方は力あり過ぎて失敗(しくじ)った⦿ざぞ、この世構う⦿でも我(が)出すと失敗るのざぞ、どんな力あったとて我出すまいぞ、この方がよい見せしめぞ。世界構うこの方さえ我で失敗ったのぞ、くどいようなれど我出すなよ、慢心と取違いが一等気障(きざわ)りざぞ。改心チグハグざから物事後先(あとさき)になりたぞ、経綸少しは変るぞ。今の役員、⦿の道広めると申して我(われ)を広めているでないか、そんなことでは役員とは言わさんぞ。今までは⦿が世に落ちて人が⦿になりておりたのぞ、これでは世は治まらんぞ。神が上(かみ)で、臣民、臣民で下におらねばならんぞ。吾(われ)が苦労して人救う心でないと、今度の岩戸開けんのざぞ、岩戸開きの御用する身魂は、吾の苦労で人助けねばならんのざ。

 十年先は、五六七(みろく)の世ざぞ、今の人間、鬼より蛇より邪見ざぞ、蛇の方が早う改心するぞ、早う改心せねば泥海にせなならんから、⦿は日夜の苦労ぞ。道は一つと申してあろがな、二つ三つ四つあると思うてはならんぞ、足元から鳥立つと申してあろが、臣民火がついてもまだ気づかずにいるが、今に体に火ついてチリチリ舞いせなならんことになるから、⦿、くどう気つけておくのざぞ。三四気つけてくれよ、⦿の国は⦿の力で何事も思うように行くようになりているのに、学や智に邪魔されている臣民ばかり、早う気づかぬと今度という今度は取返しつかんぞ。見事なこと⦿がして見せるぞ、見事なことざぞ、人間には恐しいことざぞ、大掃除する時は棚のもの下に置くことあるのざぞ、下にあったとて見下げてはならんぞ。

 この神は⦿の国の救われること一番願っているのざぞ、外国人も⦿の子ではあるが性来(しょうらい)が違うのざぞ、⦿の国の臣民が真(まこと)の⦿の子ざぞ、今は曇りているなれど、元の尊い種植えつけてあるのざぞ、曇り取り去りてくれよ、依怙(えこ)のようなれど外国は後まわしぞ、同じ⦿の子でありながら⦿の国の臣民の肩持つとは公平でないと申す者あるなれど、それは昔からの深い経綸であるから臣民にはわからんことであるぞ、一に一足す二でないと申してあろが、何事も⦿の国から⦿の民(たみ)からぞ、洗濯も同様ざぞ。今度の御用外(はず)したら、いつになりても取返しつかんことになるのざから、心して御用してくれよ、やり損ない出来ないことになりているのざぞ。天に一柱、地に一柱、火にも焼けず水にも溺(おぼ)れぬ元の種、隠しておいてのこの度の大立て替えぞ、どんなことあっても人間心で心配するでないぞ、細工は流々(りゅうりゅう)、仕上げ見てくれよ、この⦿はめったに間違いないぞ。三千年地に潜(もぐ)りての経綸で、悪の根まで調べてからの経綸であるから、人間どの心配せずに、⦿の申すよう素直に致して下されよ。

 末法の世とは地の上に大将の器(うつわ)無くなりていることざぞ。オロシヤの悪と申すのは泥海の頃から生きている悪の親神であるぞ。北に気つけてくれよ、日本の国は結構な国で、世界の元の、真中の国であるから、悪神が日本を取りて末代の住居(すまい)とする計画で、トコトンの智恵出して、どんなことしてもするつもりで、いよいよを始めているのざから、よほど褌(ふんどし)締めて下されよ、日本の上に立ちている守護神にわかりかけたらバタバタに埓あくぞ。早う改心してくれよ。十二月二十六日、一二⦿。

 

第八巻 岩戸巻 第一帖(二三七)

 

 「磐戸(いわと)の巻」書き知らすぞよ、岩戸開くには⦿人共にえらぎ賑わうのざぞ、⦿憑かりして唱(うた)い舞うのざぞ、ウズメノミコトいるのざぞ。ウズメとは女(おみな)のみでないぞ、男(おのこ)もウズメざぞ、女の魂(たま)は男、男の魂は女と申してあろがな。闇の中で踊るのざぞ、唄うのざぞ、皆の者ウズメとなりて下されよ、暁(あけ)告げる鳥となりて下されよ、神憑かりて舞い唄い下されよ、⦿憑かりでないと、これからは何も出来ぬと申してあろがな。十二月三十日、⦿の一二⦿。

 

第十二巻 夜明けの巻 第五帖(三二五)

 

 何もかも神示読めばわかるようになっていること忘れるでないぞ、この仕組言うてならず、言わねばわからんであろうなれど、神示読めば因縁だけにわかるのざぞ。石、物言う時来たぞ。山にも野にも川にも神まつれと申してあること、忘れるでないぞ、型せと申してあろうが、いずれも仮ざから、三千世界の大洗濯ざから、早う型してくれよ。型結構ぞ。何もかも⦿人(かみひと)共にするのざぞ。夜明けたら、何もかもはっきりするぞ、夜明け来たぞ。鳥立てよ。七月二十九日、アメの一二のか三神示書(しょ)。

 

第十三巻 雨の巻 第一帖(三三五)

 

 天(あめ)の日津久(ひつく)の大神のお神示(ふで)であるぞ、とくにお許しもろて書きしらすぞ。
 十二の巻 、説いて知らすのであるぞ、この巻 「雨の巻 」と申せよ。この度は昔から無かりたこと致すのであるから、人民にはわからんことであるから、素直に致すが一等ざぞ。惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申しているが、それが一等の間違いざぞと申してあろうが、惟神とは⦿人(かみひと)共に融け合った姿ざぞ。今の臣民⦿無くしているではないか、それで惟神も神道もないぞ、心大きく、深く、広く持ちて下されよ、いよいよとなるまでは落しておくから、見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下されよ。

 世界中に面目(めんもく)ないことないようにせよと申してあろうが。足元から鳥立ちてもてまだ目覚めんのか、神示裏の裏までよく読めと申してあろうがな。この道はただの神信心とは根本から違うと申してあろうが、三千世界の大道(おおみち)ざぞ。所の洗濯と身魂(みたま)の洗濯と一度になるところあるぞ、イスラの十二の流れの源泉(みなもと)わかる時来たぞ。

 命がけで⦿の御用つとめていると思うて邪魔ばかり致しておろがな、金(きん)や学や智では大峠越せんぞ。⦿はせよと申すことするなと申すこともあるのぞ、裏の裏とはそのことぞ、よく心得て下さりて取違い致すでないぞ。手のひら返すぞ返さすぞ、この度の岩戸開きは人民使うて人民助けるなり、人民は⦿のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、いつでも神憑(か)かれるように、いつも神憑かっていられるようでなくてはならんのざぞ。⦿の仕組いよいよとなったぞ。十月十三日、ひつ九のか三。

 

参考図書

完訳 日月神示

岡本 天明 著 中矢 伸一 監修

ヒカルランド

 

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