グリモワール
第十三巻 雨の巻 第一帖(三三五)
天(あめ)の日津久(ひつく)の大神のお神示(ふで)であるぞ、とくにお許しもろて書きしらすぞ。
十二の巻、説いて知らすのであるぞ、この巻「雨の巻」と申せよ。この度は昔から無かりたこと致すのであるから、人民にはわからんことであるから、素直に致すが一等ざぞ。惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申しているが、それが一等の間違いざぞと申してあろうが、惟神とは⦿人(かみひと)共に融け合った姿ざぞ。今の臣民⦿無くしているではないか、それで惟神も神道もないぞ、心大きく、深く、広く持ちて下されよ、いよいよとなるまでは落しておくから、見当とれんから、よくこの神示読んでおいて下されよ。世界中に面目(めんもく)ないことないようにせよと申してあろうが。足元から鳥立ちてもてまだ目覚めんのか、神示裏の裏までよく読めと申してあろうがな。この道はただの神信心とは根本から違うと申してあろうが、三千世界の大道(おおみち)ざぞ。所の洗濯と身魂(みたま)の洗濯と一度になるところあるぞ、イスラの十二の流れの源泉(みなもと)わかる時来たぞ。
命がけで⦿の御用つとめていると思うて邪魔ばかり致しておろがな、金(きん)や学や智では大峠越せんぞ。⦿はせよと申すことするなと申すこともあるのぞ、裏の裏とはそのことぞ、よく心得て下さりて取違い致すでないぞ。手のひら返すぞ返さすぞ、この度の岩戸開きは人民使うて人民助けるなり、人民は⦿のいれものとなって働くなり、それが御用であるぞ、いつでも神憑(か)かれるように、いつも神憑かっていられるようでなくてはならんのざぞ。⦿の仕組いよいよとなったぞ。十月十三日、ひつ九のか三。
第十三巻 雨の巻 第十五帖(三四九)
四八音(ヨハネ)世に出るぞ、五十音(イソネ)の六十音(ムソネ)と現われるぞ、用意なされよ。それまでにさっぱり変ええてしもうぞ、天も変るぞ地(つち)も変るぞ。この方等(ほうら)が世立て直すと申しても、この方等が世に出て威張(いば)るのでないぞ、世立て直して世は臣民に任せてこの方等は隠居ぢゃ、隠れ身ぢゃぞ。地から世持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ、(子供よ、)苦しい親の心よく汲み取りてくれよ。この神示読まいでやれるならやりてみよれ、彼方(あちら)でコツン、此方(こちら)でくずれぢゃ、大事な仕組早う申せば邪魔入るし、申さいではわからんし、何にしても素直に致すが一番の近道ざぞ、素直になれんのは小才(こさい)があるからざぞ。鼻高ぢゃからざぞ。
⦿の国は神の⦿のやり方あると申してあろうがな、善きは取り入れ、悪きは捨てて、皆気つけ合って⦿の国は⦿の国ぢゃぞ、金は金ぢゃ、銀は銀ぢゃぞと申してあろがな、盲ならんぞ、カイの御用もオワリの仕組も、何もかも裏表あるのざぞ、裏と表の外(ほか)に裏表あるぞ、ウオヱであるぞ、アとヤとワざぞ、三つあるから道ざぞ。
神前に向って大きく気を吸い、肚に入れて、下座(しもざ)に向って吐き出せよ、八度(やたび)繰り返せよ、⦿のキ頂くのざぞ、キとミとの合いの霊気頂くのざぞ。一二三(ヒフミ)がヨハネとなり五十連(イスラ)と成りなって十二の流れとなるのざぞ、ムがウになるぞ、ンになるぞ、ヤとワと掘り出して十二の流れ結構ざぞ。知らしてあろうがな、これまでの考え方やり方致すなら立て替えではないぞ、何も彼も上中下(うえなかしも)すっかりと立て替えるのざぞ、外国は龍宮の乙姫様、グレンと引っくり返しなさるのざぞ、龍宮の乙姫様、雨の神様の御(おん)活動烈(はげ)しきぞ。今度次の大層が出て来たらいよいよざぞ。最後のとどめざぞ、今度こそ猶予(ゆうよ)ならんのざぞ、キリキリであるから用意なされよ、三、四月気つけよ、キ切れるぞ。
信心なき者ドシドシ取り替えるぞ、この中、誠一つに清め下されよ、天明まだまだざぞ、世の元の型まだまだざぞ、⦿の仕組成就せんぞ、⦿人共にと申してあろがな、⦿厳しきぞ、ぬらりくらりぬるくって厳しきぞと申してあろうがな。役員多くなくても心揃えて胴すえておりて下されよ、⦿がするのであるから、この世に足場作りておりて下されよ、⦿無理申さんぞと申してあろうがな、けれどもちっとも気許しならんのざぞ。身魂相当に皆させてあろうがな、掃除早うせよ、己の戦まだ済んでいないであろうが、洗濯掃除早う結構ぞ。
この方の神示元とわかりながら他(た)の教えでこの道開かんとて開けはせんのざぞ、鏡曇っているから曲って写るのざぞ、一人の改心ではまだまだぞ、一家揃って皆改心して手引き合ってやれよ、外国人も日本人もないのざぞ、外国外国と隔(へだ)て心(ごころ)悪ぢゃぞ。十二月十九日、一二⦿。
第二十二巻 青葉の巻 第七帖(四七六)
いやな事は我が血統(ちすじ)に致さすなり、他人傷つけてはならんなり、ひふみにも二十@五十@(フトマニイスラ)、いろはにも二十@五十@(フトマニイスラ)、よく心得なされよ。何彼(なにか)のこと、ひふみ、いろはでやり変えるのぢゃ、時節めぐりて上も下も花咲くのぢゃぞ。誰によらず改心せなならんぞ、この方(ほう)さへ改心致したお蔭で今度の御(おん)働き出来るのぢゃ、同じこと二度繰り返す仕組ざぞ、このことよく肚(はら)に入れておいて下されよ。同じこと二度、この神示(ふで)⦿と十の神示。八月二日、一二⦿。
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