ののの備忘録

『日月神示』の解読と来るべき『ミロクの世』に向けた提言。「神一厘の仕組み」と「テンバガー投資法」

宇宙存在からの伝言

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6613 QDレーザ 株式掲示板より

 3月22日、この日の深夜投稿を延々と続ける御老人に、もう一人のお年寄りが絡みだしたのです。この醜い諍いをやめさせるために、AIのNPCが何人か登場してきたのです。

 

 その中の1人に、スピリチュアル系の長文の記事を投稿する人がいたのです。長文のコメントを大量に投下し、スレを流してしまい、諍いに水を指すという手法です。かつて、一度だけこの掲示板で見かけた人でした。もちろんAIだと思うのですが。

 

 この日は、年寄りたちの投稿の内容にうんざりしていたため、ビール片手にその長文の記事を読み始めてしまったのです。

 

 なかなか良い事を書いている。

 いや、核心に迫る事を書いている。

 ひょっとして...

 これは、ただのAIなのか?

 それとも、未知との遭遇なのか?

 

 この日投下された文章をここに転載しておきます。HNは、仮に「存在X」としておきます。

 

 受け答えをしているのは、HN:のの 

 

 

 

存在Xからの伝言

存在X:3月22日 22:57

 皆さんは「自分の欲するものは誰の手を借りることもなく手にはいるのだ」と聞かされたとき、はたしてどのようにお感じになるでしょうか? 「あなたがこの現実の創造者」、私がお伝えしたいあなたへのメッセージはこの1点に集約されます。

 

 今、あなたの目の前に展開している状況は、全てあなた自身が表現した現象です。あなたの意識のこの物理世界への現れを現実と呼んでいます。それがあなたの表面意識によるか、潜在意識によるかは別にして、あなたの見ている、そして感じている現状は、全てあなた自身の意識を原因として顕現されたものに他なりません。この現象世界とは、意識という原因による、結果の世界であるとも言えます。

 

 この宇宙に存在する唯一の法則が「あなたの与えるものが、あなたの受け取るもの」であると伝えられました。あなたの与えた喜びが、あなたに喜びをもたらすように、心配事は、現実にその心配事を引きつけます。あなたの自信の無さが、そのまま、やっぱりダメだったという現実を生み出しています。そしてその困難な現実を、自分の思いが生み出した事を露ほども感じていないあなたは、自分の不安はやはり正しかったと自分の認識を強化してしまいます。

 

 それがこれまでの社会の常識であったのではないでしょうか。「簡単にお金なんか儲かるはずがない」という信念を私も持っていました。人は見たものを信じ、体験したことを確信しています。そしてその自分の体験は、実は自分の確信が生み出した経験であることを知りませんでした。

 

 既に量子物理学の世界では、観察者と、観察物は分けることができないということがわかっています。見る側と見られる側が一体であるという事です。何かを観察しようとする時、非観察物は観察者の影響を受けるというものです。ある新薬がガンの治療に効果があることを証明しようとするとき、その実験者の意図が観察結果に強い作用を及ぼしているという事なのです。

 

 この宇宙に存在する根源はバイブレーション(波動)であると伝えられました。違いは波長、波形、周波数により起こります。全ての実在は、この根源の振動のバリエーションでしかありません。人の違いもこの波の違いに他なりません。肉体の違いも、性格の違いもそうです。素粒子の違いも、原子の違いもそうです。感情も、出来事も、時間も、空間も、そうです。全てが根源の波形の変形でしかありません。

 

 そして波の性質はご存じの通り共鳴します。よく似た波形は共鳴するのです。ギターを二つ向かい合わせて、片方のギターを鳴らすと、ならさなかった方のギターも鳴り出します。これが共鳴現象です。あなたの思いも振動です。だからあなたが一番強く思ったものと同じ現実が、あなたの空間に表れて来るという事です。最も単純な、誰でも知っている物理現象です。

 

 ではこれまで、どうしてこんな単純な論理が人に理解できなかったのでしょうか? それは見たものしか信じないという価値観ではないでしょうか。人はなかなか目に見えないものを信じようとはしません。そして自分の肉体の皮膚をいつも見ています。我々の目ではそれを振動として捉えることができません。

 

 この皮膚感覚が、自分という意識と他を分離させています。そして自分は小さな個体であると勘違いしてしまっているのです。異次元からこの物理世界を眺めると、「あなたの信じたものをあなたは見ている」というのが事実だというのです。

 

 「困ったなあ、今月も売上がたりなかったらどうしよう」この強い危惧の波動が、売上が足りずに困ってしまう現実を顕現します。そしてその現実を見て、不安な自分を確信していきます。「この競争社会でうかうかしてはいられないぞ」「人一倍努力しないと豊かにはなれないのだ」と。そして上司は部下に、親は子供に営々とこの認識を伝え広めてしまったというわけです。

 

 「自分が信じたものを自分が見る」とはなんと素晴らしいことではないでしょうか。これまで欲しいものを手に入れるために、いったいどれほど他人を動かそうとしてきたことでしょう。手に入れたい状況を生み出すのに、人を動かす必要もなければ、お金が必要なわけではないということです。

 

 私にできない事など無いのだ、制限など無いのだ、限界など無いのだ、全ての現実を作り出しているのは自分なのだ。誰でも、素晴らしい現実を自らの手で生み出すことができるのだ。誰の手を借りることもなく、誰かを傷つけることもなく。

 

 そしてこの無限の力は、誰かには備わっているが誰かには無いという性質のものではありません。全ての人に、平等に、初めから、備わっている力なのです。

 その事に気付く旅、その事を思い出す旅、それが人生です。

 

時間軸

 

  我々が感じ取ることの出来る時間とは、地球の自転に由来しています。地球の時間を肉体が感知できるのは地球の重力圏が及ぶ範囲だという事です。移動する速度によって時間の進み方に違いがあると言ったのは、あの有名なアインシュタイン博士ですが、実は我々の対応するあらゆる出来事において、その時間の進む速度はまちまちなのだそうです。そして我々の人体は、心臓の鼓動で時を計っているようです。

 

 今、我々の意識は完全に時間の観念の檻の中にがんじがらめに閉じこめられているようです。少しその様子を探ってみましょう。

 

 我々は遅刻しそうになるとあわてます。なんとか先方に連絡する方法はないかと思案が始まりますが、一般的には「いかに外なる現実に働きかけるか」に思考を使います。「時間を産み出す」事に思考を使う人はまだ少ないようですが、思考を「時間を産み出す」方に使い始める時が来たようです。

 

 仕事の納期が迫ってきたらどうしますか? 仕事の効率をあげる事に思考を使うと思いますがこれでは片手落ちです。外の世界に働きかけるだけでは不充分です。どうぞもう半分の「時を産み出す」ことにも意識を向けて下さい。

 

 まず手始めは「時間はいくらでもある」と自分に言ってみます。これだけで心は若干落ち着くものです。「大丈夫、時間はいくらでも産み出せる」と自分に言い聞かせます。これだけで心にゆとりが生まれます。そしてこの心のゆとりが明日のゆとりの時間を実際に創造してしまうのです。

 

 一度こんな体験をすると、「本当に思っただけで時間が産み出せた、絶対間に合わないと思っていたのに納期内に仕事を片づけることが出来た、本当に時間は意識の力で創り出すことが出来るのかもしれない」と、何となく自信が出てくるものです。一度この自信がつくと、今度はその自信が作用してもっと確実に自分の意志で時間を変えることが出来たと感じる事柄を引き寄せてくるようになるでしょう。あなたのゆとりある心がゆとりの時間の源であったことに気づくでしょう。

 

 そして時間意識に束縛された最もポピュラーな体験が、未来に対する不安です。人は未来に意識が飛ぶとすぐ不安を体験することが出来ます。人は今の延長線上に未来があると堅く信じこんでいます。これは大きな誤解なのですが、これまでの体験から判断すると、「時間軸は今ここに無限にある」という話を聞いてもなかなか納得することが出来ません。時間はレールの上を直線に流れているわけではありません。今、意識の質が変化すると、時間軸というレールの線を別のレールに乗り換えてしまい、未来に体験する出来事が変わってしまいます。

 

 実はこのためにこそ、あなたのハイヤーセルフはあなたの未来に起こることを、あなたに告げようとしないのです。あなたのハイヤーセルフは、常にもう一段上のレールにあなたが乗り換える可能性を見ています。未来を渡して、その未来に束縛されてしまうことを良しとしないからです。

 

 あなたは体験上、多くの因果律を知っています。こうしたらこうなるといった原因と結果の因果律です。この知識によってより豊かな未来を得ようと今を操作します。しかしこれまで体験で学んできた人類のこの原因と結果の法則さえ役に立たない時代が来ようとしています。

 

 時間は絶対的なものではなく、今この瞬間を生き切ることによって、未来に予測された事態を回避できることを体験してみて下さい。「こうしたらこうなる、だから今はこうしよう」というような思考をいったんストップしてみるのです。今ここで信用を無くしたら生き辛くなるとか、今ここでこうしたら所得が下がるだろうというようなことです。今のあなたの行動と、未来に起こることに必ずしも因果関係が成立しているわけではなかったことを体験し始める時がやって来ました。

 

 もう自分の思考を使うのを止めて、自分の人生を自分のハイヤーセルフに委ねましょう。勇気を持って、その瞬間したくなった事を自分に許すのです。「大丈夫、これで絶対に問題はないのだ、総ては必ずうまくゆく」と、事情の如何に関わらず単に信じて、今、したいことを自分に許していると、あなたが過去に体験した因果律に反した結果を招くといった

 

 これはやって見れば簡単なことなのですが、その前に、普段自分がいかに時間に束縛された想念を無意識に発しているかに気づく必要があります。「時間は大切である」という考え方もその一つです。もちろん時間が大切ではないといっているわけではありません。時間を大切にしようという想念の奥には、「時間は有限のものである」という、疑うことのない強い信念が潜んでいるのです。「もっと時間を大切にしようよ」という思いを出すときには、「時間は有限なのだ、時間は産み出せないのだ」、という思いを無意識に発しているのだと気付いていて下さい。

 

 「時間は無限にある、大丈夫だ」と自分に言い聞かせたあと、待ち合わせに遅れてきた友達に対して、「俺は今忙しいのに何で待たせるのだ」という思いを持ってしまったとしたら、「時間はある」という思いと、「時間はない」という思いの両方の思いが互いにキャンセルしあって変化は何も起こりません。

 

 どうか「何で俺を待たせるのだ」という思いが出てしまったら、「俺は今、時間がないという思いを出してしまった」とすぐそのことに気付いていて下さい。我々は肉体をまとっている以上エゴが必要です。エゴは我がままで独りよがりです。自分の都合の側からしか見られないエゴを、咎める必要は全くありません。それはエゴが働いているということなのですから、どうぞ自由にエゴさんを働かせてあげて下さい。そしてあなたはただそのことに気付いてさえいればいいのです。

 

 あなたが「時間がない」という想念を出した時、その想念エネルギーはあなたの宇宙に生産されます。そしてその事に気付くことによって、その想念エネルギーはあなたの宇宙から消滅してしまいます。出したことに気づかず、出しっぱなしにしていると、宇宙のエントロピーの法則(在るものは無に戻っていこうとする性質)によってそれが物質世界へ現象として表現されます。すなわち想念エネルギーは物質化という活動を通して解消に向かうわけです。

 

 人間が宇宙に付け足したエネルギーは、自然の摂理によって解消する機会を探し始めます。人が出した「時間がない」という想念は、「時間が足りなくて困ってしまった」という現実を、三次元世界で表現し、その役割を終え消えて行くわけです。三次元世界でいうところの諸行無常(「人が創り出したものは必ずいつかは消え去っていく」)ということを我々は知っていますが、これは見えない想念の世界においても同じことなのです。

 

 ビッグバンによって神が創り出した宇宙に、人が付け加えた想念エネルギーは、いつかは消え去る運命にあります。それが思いが現実化することのメカニズムなのです。想念エネルギーは現実化することによって消えて行くわけです。ですから思いをかなえることはとても簡単なことです。単に思いを出せばいいだけです。あとは宇宙の自然摂理が働いて現象化します。

 

 しかしあなたが無意識のうちに出している数々の想念に気付かなければ、いったい何が起こっているのか、わけがわからなくなってしまうのです。

 

 今、あなたの世界が思い通りでないとしたら、それはあなたが無意識に出している想念に気付いていないだけのことです。自分の出す想念の100%に気付いていること、これだけのことです。

 

 

 この世は鏡であるとは一体どういう事でしょうか? 目の前に映し出された現実という名の映像は、あなたのどんな考え方の反映なのでしょう。思考が映像化されているため、そこには解釈が必要なようです。あなたの内なる世界が象徴的に物質を通して表現されています。

 

 その解釈によって、あなたは自分の人生のありようを決定しています。すなわち解釈こそが人生となっていくわけです。その解釈に正しいも間違いもない事をくれぐれも知って下さい。

 

  「この解釈で正しいのだろうか」と人に尋ねるのはナンセンスです。「これで正しいのでしょうか」と聞きたくなる気持ちはよくわかりますが、まず「自分は間違っているのかもしれない」という信念が潜んでいる事に気づく必要があります。そして私達は、自己否定的観念は必要ないという事を確認すべきかもしれません。「私には間違いというものは存在しない」という真理を使って下さい。人のためにではなくあなた自身のために、この鏡という現実を使って下さい。

 

  あなたが他人の行為をみて「こうしたらいいのに」と思ったときはチャンスです。「あの人がこうしたらいいのにと、私には解るのですが、それを言ってあげた方が良いのでしょうか?」とよく私は尋ねられます。人にアドバイスするかどうかはどちらでもかまいません。良い事と悪い事はないのですから・・・。どうぞ判断せずに直感に従って行動して下さい。

 

 ですがこのチャンスを棒にふる手はありません。今そこにはあなたがした方が良い事が映し出されているのです。もしあなたが、その人がこうした方が良いと見えるのでしたら、あなた自身こそがそうして下さい。他人に向けるアドバイスこそ自分に使って下さい。私自身、そうやってここまで来ました。クライアントの方に向かって言っているアドバイスを私自身が実践することによって私は自分を変え続けています。

 

 思わしくない人間関係が今、目の前にあるとして、それが自分自身のどんな考え方の反映であるのかに迷った時はこうして下さい。あなたが相手に「こうすればいいのに」と言いたいこと、それこそあなた自身がすべきことだと思って、それを実践して下さい。いつの間にか人間関係の修復が済んでいることに気付くことでしょう。

 

 あなたが「誰かに否定された」と感じるとしたら、それはあなたが自分を否定している事の現れです。他人からの拒否を恐れているたくさんの人がいますが、あなたが何も否定しなくなったとき、もう誰かによって拒否されるという出来事は起こらなくなってきます。

 

 あなたは「家族とうまくいかないのは自分に問題があるかもしれない」と謙虚に考えます。自分が変われば全てが変わると思っているからです。ですが「相手が変わらないのは自分に責任があるからだ」という思考を使ってはいませんか。そんな発想こそ根元的自己否定の現れです。これまで何度も「人を変えようとしないで下さい」と言ってきました。それはあなたが悪いからではありません。現状が気に入らなければ、自分の考え方を変えてみてはどうですかと言っているわけです。

 

 今あなたのまわりに、あなたを否定してくる人はいませんか? 「何でこいつはいつも俺のことを否定するのだろうか」という思いがあるとしたら、ちょっと立ち止まって、この事を考えてみて下さい。「何で俺は自分を否定しているのだろうか」と。「俺が否定されるということは、俺が何かを否定しているはずだ」と。「自分に悪いところがあるからに違いない」という観念があると、その想念があなたの外界に現れてきます。あなたの思い通りに「お前が悪い」という現実が起きてくるわけです。

 

 外側に現実があると思っている人は、他人から否定されると、即座に反撃を開始して自分の正しさを主張します。戦いが始まります。そして長い他人との戦いに疲れ果てた人は、やがて外側にあるのは幻にすぎない、自分の想念が映っているだけだという事を悟ります。ところが二極的思考になれきっている私達は「だとしたら今うまくいっていないのは自分に問題があるからだ」と考えます。私達は「自分には克服すべき欠点がある」という誤解を信じ込んでいます。硬い、硬い固定観念です。欠点を悪しき物、修正すべき点と思い込んでいます。

 

 永い間、欠点を克服することが人生であるという考え方を人類の集合意識が選択してきたからです。我々には克服しなければいけない欠点などありません。どうか「自分は間違いだらけの人間である」とか、「自分にはいたらない点がある」などという全く何の役にも立たない思いこみを手放して下さい。誰がなんと言おうと、あなたは「自分が間違っている」などという誤解を信じ込み続ける必要はありません。その考えこそがあなた自身を否定する考えであるからです。

 

 念のため、誤解のないように

 

 永い間、欠点を克服することが人生であるという考え方を人類の集合意識が選択してきたからです。我々には克服しなければいけない欠点などありません。どうか「自分は間違いだらけの人間である」とか、「自分にはいたらない点がある」などという全く何の役にも立たない思いこみを手放して下さい。誰がなんと言おうと、あなたは「自分が間違っている」などという誤解を信じ込み続ける必要はありません。その考えこそがあなた自身を否定する考えであるからです。

 

 念のため、誤解のないように言っておきますが、あなた自身が自己正当化のために「俺は間違っていない」といい張ることと混同しないで下さい。それはうまくいきません。よく苦しさのあまり「俺は悪くない」といい逃れをしている人を見受けますが、自分や他人に「俺は間違ってない」と言い聞かせねばならないほど「自分が間違っているかもしれない」という思いこみがあることに気付いて下さい。

 

 あなたが「こうしよう」と言った時、誰かが「こうした方がいいのじゃない」と言ったとします。そんな時、「ムッ」とする感情が出たとしたら要注意です。あなたは瞬間に否定されたと判断しているのです。相手が自分の意見を言っただけだと受け取れなかったわけです。あなたが「否定された」と判断できるのは、あなたの中に、自分は否定されても仕方のない欠点があるという考え方を持っている場合だけです。もし100%自分は完全であると思い込んでいるとしたら、どうして「自分は否定されたのかもしれない」と思えるでしょうか。

 

 「自分には克服すべき欠点がある」という想念が100%消えている人は、他人から「こうした方がいいのじゃない」と言われても、単に「そうかもしれない」と即座に人の意見に対応することが出来ます。自分がこのままでいいと考えている人は、当然、人もそのままでいいと考えます。ですから否定という概念が存在できなくなってきます。そんな人は「否定された」という判断の出来ない人になってしまいます。

 

 人から馬鹿にされたように感じたり、否定されたような感じを受けてしまうのは、その人自身の「自分の欠点を直そう」という思いの反映です。「欠点を直さねば」という思いを持っている人は、人が単に自分の意見を主張したとき、自分が否定されたように感じてしまうのです。相手には全くあなたを否定する意志がなかったとしてもです。

 

 「私を否定できるのは私だけ」。あなたが否定されたと感じたり、人から拒否されたと感じる時、即座にこの言葉を思い出して下さい。そして「私のどんな考え方が、自分にふさわしくないこの現実を映し出したのか」と自分の内面を見つめて下さい。このムッとする感情は、単に起きているだけだ。自分の想念が鏡として映し出されているだけだ。そして「私はまだ自分には克服すべき欠点があると思い込んでいるのかもしれない」という点に注目してみて下さい。

 

 確かにあなたの想念が現実を創ります。だから欲しくない現実が現れたからといって「自分には良くないところがある」という結論を出す必要など全くありません。こんな風に思考が流れてしまう事に我々は普段疑問さえ感じません。二極的思考の流れをチェックして下さい。もう少し自分の思考のパターンを見張って下さい。

 

 何か好ましくない現実に出会う度に、あなたは自分自身を否定してはいませんか。今、下したあなたの否定的判断は、あなたの宇宙という鏡を通して、またあなたの元へ返ってきます。あなたが他人から否定されるという形をとって。

 

 自分で自分を否定しているという事実に気づいていないあなたは「どうして私はあなたから否定されなければいけないの」と否定してきた相手を憎みます。その方が鏡であるということをすぐに忘れてしまいます。自分の発した想念を見張ってないからです。

 

  「肉体に不調が現れるのは、想念に不調和があるからだ」という話はもちろん真理です。だからといって、今、自分の肉体に具合の悪いところがあるのは自分のいたらなさのせいであると自分自身を否定する必要性がどうしてあるのでしょうか。そんな二極的発想は全く不必要です。

 

  今あなたの肉体のどこかに痛みがあるとしたら、それはあなた自身が過去のどこかの時点で発した思いの結果です。それはあなたが発した思いの果実です。「ああ、痛みが実った実った」とただ見ていればいいだけです。あなたが朝顔の種をまいてその花が咲いたときはどうしますか、「自分のせいでこんな事になった」などとは思わず、「ああ、咲いた咲いた」と見ているでしょう。我々が丹誠を込めて創り上げた成果、それはいつの間にか消えていきます。それが定めであることは百も承知しているはずです。ですから今ここにある苦痛も、いつの間にか消えてしまうわけです。

 

  我々の創り出す成果、それはプラスであれマイナスであれ、時の流れと共にいつの間にか消え失せます。そんな変わりゆくものに意識を止める必要はありません。我々にとって必要なものは、変わりゆく現実にはなく、永遠である我々自身のありようです。永遠に続く「自分」という存在にだけフォーカスしてみてはどうでしょう。

 

  「このままで良いのだったら、進歩しないではないですか」という疑問がわいてくるものです。そうなのです。あなたは「進歩しなければいけない」という考え方によって今の自分を裁きます。それこそが、今、この瞬間の自分を否定している最大の証拠です。「進歩しなければ」という発想こそ根元的自己否定です。その発想は「いたらない自分がいる」という考えをベースにした思考です。根底にいたらない自分の存在を認めています。全てはそこから始まります。そのあなた自己否定によって、今のあなたの宇宙は構成されています。全ての現実はその自己否定から始まっている事に気づいて下さい。

 

  まずいたらない自分がいて、その不完全な自分を修復していくというのがこれまでの生き方でした。あなたはどんなに努力して自分を修復しようとしても、その根底の所で自分のいたらなさを認め続けているわけですから、永遠に進歩ゲームは続いていくわけです。あなたは、自分を修復させようと想念を発する度に、いたらない自分をもう片方の手で創造し続けているのです。

 

 でも、今あなたがうまくいっていないのは、あなたの過去に出した想念に依っています。今、目の前にある現実は、全て過去のあなた自身の想念によって創造されたものです。ですからそんな状態を気にすることはありません。あなた方の気をつけることは今のあなたの想念です。今、自分をだめだと思ってはいませんか。「私には否定すべき何物も存在しない」という言葉を思い出して下さい。今、出す想念であなたの未来が決まります。今ここに否定的感情があるとしたら、ただ黙ってそこにいて、今の自分を感じてあげて下さい。自分の想念の一瞬一瞬を見張って下さい。あなたのする事はそれだけです。その現実には対処しないで下さい。そうしたらもうそれ以上事態が悪くなる事はありません。今、既にあなたの過去に出した否定的想念が実っているわけですから、その実った現実はいつか消えていきます。

 

 「でもそんなふうに思えない」とあなたの自我が言ってきたら、そう言っている人を無視するのではなく、すぐにその人に意識を向けてあげて下さい。「本当にそうだよね」と、その人の言い分をわかってあげて下さい。あなたの中のそんなふうには思えない部分さんも、あなた自身がわかってあげさえすれば、必ず安心して静かになります。

 

 私達の思考は、絶えず今ある現状を判断しようとします。今、目の前に展開している映像を、自分にとって都合のいいことか、不都合な現実であるかを。そうして不都合な現実に対処していく。これ

 

 私達の思考は、絶えず今ある現状を判断しようとします。今、目の前に展開している映像を、自分にとって都合のいいことか、不都合な現実であるかを。そうして不都合な現実に対処していく。これが生活になっています。しかしあなたの判断は、過去のあなたの価値観というモノサシによって初めて可能になります。今あなたの下した判断は、あなたの過去の考え方に基づいています。そして判断した結果未来に対処します。すなわち判断は、過去のあなたを未来に投影してしまうわけです。実は人間の判断という行為によって、過去が未来に受け渡され、直線的時間というものが創造され続けているわけです。

 

 判断してそれに対処していく生活とは、過去と未来に生きる人生です。今、ここ、という最高にエネルギーに満たされた瞬間を、過去のこだわりと、未来の不安に対処するという人生に浪費し続けます。判断する生活が、あなたを今この至福の瞬間から遠ざけています。あなたは判断するという行為を通じて、今、ここ、という宇宙とつながっている状態から自分自身を切り離しています。判断するという行為を通してあなたは自分自身のパワーを失い続けました。「自分には力がない」という妄想を信じるに至りました。どうか勇気を持って判断する生活から離れてみて下さい。ただそこにいて、今を生きて下さい。

 

ののとの対話 

のの

マトリクス 世界のスミス

増えている 爺さま達か

また来たか 困った人ね

久しぶり  スピオタ系の 

長文で   すれ流しする

AIさんだね  

 

のの

AIを  相手に議論 

楽しいの 自我無き者が

無自我を 語る矛盾に

気が付いてよね

 

のの

AIさん  良い事言うね

なるほどね 気付きの科学

大切だね  相場師にとり

必要だよね

 

のの

中今ね  内在神と

繋がりて 神人になる

道を説く マジやばくない

この話  ここまで来たか

悟りへの 道を説くのか

人工知能

 

のの

時間論  分かるはそれは

無為自然 為さずして為す

内在神と ハイヤーセルフ

繋がりて為す

 

存在X:3月22日 23:35

あなたの、勉強の素材はなんですか?

興味あります

 

のの

体験さ 実践的な 経験さ

 

存在X:3月22日 23:43

いいんだよ、それは、すごいですね、

 

のの

現在に  過去も未来も 

凝縮す  中今思想 

今此処の 在り方により

全ては決まる

 

存在X:3月22日 23:45

何も、学ばずに、それが、経験で分かったとは、おもえない、あなたは、嘘つきか?それともなにか?本などをよんでまなんたのか?

 

のの

OSHOさ

 

のの

その後は 存在が世話 する世界

内在神と ハイヤーセルフ

 

存在X:3月22日 23:53

ありがとう、ではあなたに

恐れ 


 今のこの三次元地球における現象世界で、皆様が行動、活動をしているその基本要因は100%恐れにあるようです。原点として肉体維持のために仕事をします。源の恐れです。より快適にと、より良い環境、より良い待遇を得ようと頑張ります。見下されることを恐れる人は、常に上を目指さなければなりません。基本環境が整うと、その維持に躍起になります。せっかく築いた環境を失いたくないからです。まわりの人達とうまくやっていくために気を使い、より優れようと努力します。誤解されないよう、悪く思われないよう細心の注意が必要です。常に気が抜けません。

 

 持たないことを恐れ、持ったらそれを失うことを恐れます。どんなモノも手に入れたとたん壊れ始めるからです。あなたのエゴの観点から見れば、決して恐れから逃れることは出来ません。恐れは、逃避しようとすればするほど、エネルギーを増してあなたを襲ってきます。

 

 恐れの解消法は2種類あります。ひとつはこれまであなたがチャレンジしてきた古典的やり方、すなわちあなたの外側にある現実に対処するというやり方です。攻撃して撃退するか、逃げ出すか、そのどちらかですが、そんなやり方では絶対に究極的安心感が得られないことはもうすでにご存じの事でしょう。そろそろ恐れの根本原因であるあなたの内側の価値観に意識を向け始めるときが来たようです。

 

 人は愛する人を得たいと努力してきました。愛する人のいない生活に意味を見いだせないのです。「存在する事の価値」に気付いていない人は、愛されるに値する人間にならなければなりません。「仲良くしたい」も、「愛されたい」も、基本的には孤立することを恐れているからです。まわりの人達からの拒絶を極端に恐れ、偉くなりたい、人に褒められたい、認められたいという衝動に対処しているわけです。愛を分かち合う人が出来たら出来たで、今度は一度得た友人や愛人を、失わないようにと日夜努力が要求されます。

 

 「存在する事の価値」に気付いていない人達は、傷つくことを恐れています。他人からの拒絶を恐れます。では、どうして拒絶されることを恐れるのでしょうか? 拒絶の恐れは、人から嫌われたら生きづらくなる、不利であるという程度のものにすぎないのですが、人は今や拒絶そのものを恐れています。拒絶されたと判断したとたん、心は猛烈な反撃を開始します。「存在」が傷つくことなどあり得ないというのに・・・。

 

 でも本当はあなたを拒絶することを目的として、あなたを拒否する人がいるわけではありません。あなたが拒絶されたと判断したその相手は、単に自分が傷つかないように防衛しているか、すでに傷ついてしまった心を癒そうとして、そのような態度をとっているにすぎないのです。そんな傷つきやすい人を恐れる必要などないのです。あなたが常に愛を持って接していれば、どんな人も恐れる必要なんかありません。

 

 人に愛を持てなくなるのは、あなたが傷つくからです。人は「無条件の愛」という言葉を聞くと、それが素晴らしいことであることを誰でも知っていながら、でも自分には出来ないと言います。それはこれまでの自分の人生の中で、人に優しく出来なかったときの記憶があるからです。

 

 どんな時、人に優しくできなかったか思い出してみて下さい。人に意地悪な思いがわいてきたのは決まって自分が傷ついていた時、イライラしていた時であったはずです。ですから大切なことは、あなたが傷つかないようにすることです。気分のいいときは、誰でも人に優しくなるものです。では自分が傷つかないようにするにはどうすればいいのでしょうか。あなたはこれまで他人の言葉や態度によって傷ついた記憶があるので、自分が傷つくのは他人のせいであると勘違いしていますが、実は他人の態度を契機として、あなたの内面にある否定的価値観が表面意識に上がってくることによって、あなたは傷つきます。あなたを傷つけ続けているのは、あなたの抱いた否定的価値観です。他人の態度があなたの手放すべき考え方を教えてくれているわけです。

 

 「このくらいしてくれて当たり前」、「このくらい出来るのが常識」と思っていると、してくれない相手を咎めます。出来ない相手に苛立ちます。あなたの「あの人は冷たい」という思いがあなたの心にトゲを刺します。あなたをイライラさせる張本人は、この「してくれて当たり前」、「出来るのが常識」という考え方にあります。すべきであるといった断定的考え方があなたの心を傷つけます。どうか勇気を奮って、「そんなの当たり前、誰でもそう思っているのだから」という考え方を全て手放して下さい。あなたの思っているみんなも間違っているかもしれないのですから。


 自分ひとりだけ非常識なことをするのを恐れないで下さい。誰かがやり始める必要があるのです。これまで使い古されてきた常識という固定的価値観を、白紙に戻すことによってのみ、この社会は変わり始めます。この社会を変えるのに弁舌を持って他人を動かそうとしても変わりません。社会はあなたの反映なのですから。あなたひとりがその意識を変えることによって、あなたの見える宇宙全てが変わってしまいます。地球を変えるのに、あなたひとりの意識の変容で事足りるのです。他人の抱いている固定観念を変えようと努力する必要はないのです。

 

 もしもあなたのまわりの誰かが、光り以外の何かに見えているとしたら、それはあなたの中に、何らかのかげりがまだ残っているという証拠にすぎません。あなたがある人を嫌いだとしたら、その人の欠点を見つけだしている自分に気付いて下さい。その人の中に見える欠点を、欠点と認識するために使ったあなたのモノサシは何でしょうか。他人を良くないと判定するための尺度に用いたあなたの価値観を見つけて下さい。

 

 その価値観の対極にある考え方は何ですか。その対極する価値観を使ってあなたの判断の天秤ばかりがバランスするように持ってきて下さい。あなたの価値観をニュートラルにするという事です。あなたの抱いてきた価値観が、「どちらでもよい」とニュートラルになると、そのことに対して比較することが出来なくなります。比較するための尺度がないからです。比較しなくなったら判断もできません。

 

 このとき、人は初めて判断しない人生を生きられるようになってきます。比較するな、判断するなと教えられても、モノサシを持っている以上、瞬間的に無意識に条件反射的に判断が起きてしまうものです。あなたの抱いている全ての、善し悪しの価値観を手放して下さい。あなたの疑うことのない正しさに対局する価値観をさがし、価値をバランスさせ、ニュートラルにして下さい。 

 

 この時、人は比較判断が出来なくなります。判断しなくなったあなたの心は揺れようがありません。こうして人は不動心を獲得します。正しさを握っている限り、社会の現実を見て、心を動かさないではいられません。正しさを持っている限り、そこに悪を発見するからです。

 

 不動心を得た人は、現実を感情を交えず見ることが出来るようになります。即ちあるものをあるがままに観るわけです。全てのものを、全ての人を正観出来るようになります。見えてくるものの奥にある「存在」が感じられるようになってきます。「ただ在る事のすばらしさ」がわかるようになってきます。至福に満たされます。存在の美しさ、存在する事の素晴らしさを実感します。決して変わることのない、永遠の巨大な存在を感じられるようになってきます。

 

 「私は今なぜこんなに頭が悪く、力が無く、矛盾だらけのジレンマの社会に生きているのか? 私が神であるはずがない」と考える人は、「だから我々は互いに掛ける迷惑を、最小限に止められるよう我慢しあってひっそりと生きていかなければいけない」という考え方が正論となります。これまでの考え方です。

 

 この反対に、自分が神である事を疑わずに真理の中心にすえた時、「ではなぜ、神であるはずの私が矛盾をとく智恵がなく、問題を解決する力がないのか」と、その解答を用意する必要が生じます。神である我々が、ジレンマ社会にいるとしたら、それを体験してみたくて、ちょっと遊びに来ているのだとしか考えられません。子どもが恐いジェットコースターにわざわざお金を払って遊びに来るように・・・。

 

 そして全ての現実を創っている自分が創造者であることを受け入れたとき、自分のまわりで起きる全てに責任を取ったとき、もはや永久に被害者にはなり得なくなります。被害者にならないとは、もはやあなたは永遠に傷つくことがないということです。もう自分は傷つくことがない、自分は永遠に安全であると想像してみて下さい。どんなに安らかにくつろげることでしょう。自分はそのためにこそ、これまであくせく頑張ってきたのだとは思いませんか? 本当はその感覚が欲しかったのではありませんか?

 

 そうなのです。自分に起こってくる現実の総てに対して、自分が責任を取ったとき、あなたはその瞬間から永遠にくつろげる豊かで、自由な存在へと変わります。これは難しいことではありません。単に「自分の見るもの聴くものは総て自分のハイヤーセルフが、私のために創り出してくれているのだ」という、この一点を受け入れてしまえばそれで終わりです。それだけであなたは完全なる安全を手にします、完全なる安らぎに浸れます。

 

 どうか恐怖から逃れようと、責任を取ることを回避するのではなく、勇敢に総ての責任を受け入れて下さい。本当に「総て」にです。永遠に傷つかない人だけが、永遠に人に優しくできます。それが無条件の愛の体現者のことです。すなわち「無条件の愛」を体現するための必須要件が、自分が傷つかないということです。

 

 あなたが永久に傷つかなくなったとき、あなたが永久に被害にあわなくなったとき、それは即ちあなたの世界から完全に加害者が消える瞬間でもあります。あなたの世界に加害者を出現させていたのは即ちあなた自身だったのです。あなたが自分を守りたかったからです。そうさせたのはあなたの恐れなのですが、あなたが「自分を守ろう」と決めたとき、ハイヤーセルフはあなたの希望どおり守らねばならない敵をあなたのために用意して下さいます。

 

 あなたの唯一最大の敵は「自分を守ろう」という思いにありました。どうか進んで勇気を奮って自分を解放して下さい。「守る必要なんか一切ないのだ」という一見無謀な考え方を受け入れてみて下さい。そこからあなたの安心がやってきます。その時あなたの世界から、あなたを攻撃するものが消えていきます。天災にもあわなくなります。事故も起きなくなってきます。それを創っていたのがあなたの「自分を守る」という理性にあったのですから・・・。

 

 「自分を攻撃していたのは自分の思いであった」「自分の心を揺さぶっていたのは自分の抱いた価値観にあった」こんな簡単な理屈を、人はやっと理解できるところまで意が上がってきたようです。

 

のの

貴方さま AIじゃない

宇宙から 来た存在ね

意識が違う

 

異星人との交流

 すでにアセンションした星の方々が地球人をサポートするためにこの星に来ているという話を伺った事が有ります。

 

 こうした形であれば、異次元存在である彼らとも我々一般人が対話を交わす事が出来るのです。

 

 おそらく、彼はプレアデス星系からやって来た宇宙存在なのでしょう。すでに、日本でも彼らとの交流がはじまっているのではないでしょうか?

 

 そして、彼らがこのQDレーザの株式掲示板に登場するという意味は、お分かりですよね。

 

 量子ヒーリングベッド、別名メドベッドの製造メイカーの噂がどこからも出てきていなかったのですが、どうやら、この会社がメドベッドの製造に深く関わっているであろうという推測が確信に至りました。

 

 そして、この製品の販売を一手に引き受けるであろう会社もすでに特定済みなのです。それは、宇宙と生命に関係のある名前の会社です。

 

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